• はこにわのつくもがみ

少将たちは夢を見るか

  • さにんば
  • へしさに
  • 捏造
  • BL表現有
読了目安時間:18分

へしさに、さにんば表現あり。兎にも角にも捏造がひどいう。みんな秘密を持っている。

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 山姥切国広と呼ばれる美しき刀の付喪神は、夜毎だれかの夢を見る。
 見知らぬ男だ。毛先がくるりと跳ねる香染に似た色の髪と、三白眼、それから衣服に焚きこめた桜の香が印象的な男。へらりと笑う表情はいかにも凡庸で、目が合うだけで毒気を抜かれる。そんな雰囲気の男だった。
 夢の中で彼は、その男を主と呼んでいた。
 ところで彼のいる本丸で主と呼ばれている審神者は、白橡色の髪を肩の上で切り揃えた、見目だけは美しい年若い娘である。目鼻立ちこそ整ってはいるが、のらりくらりと言葉を転がしてばかりいるせいで、変わり者であるという印象の方が強い。いつの間にかふらりとどこかに姿を消したり、かと思えば突然ひょっこりと現れて気の抜けるようなあだ名で付喪神達を呼び止める。彼につけられたあだ名はばっきーだ。そう呼ばれる度、彼は脱力感に包まれた。
 相手をしていると気が抜ける。そういう意味では、夢の中の男と彼女はどこか似ているのかもしれなかった。だがしかしまごうことなく、二人の審神者は別人だ。
初めての夢は、男に呼び降ろされるところから始まった。おいで、おいで、という柔らかい声に誘われるまま、目を開けた。遅れて瞼があることを奇妙に思い、それから己にはなかったはずの体を、己の両足で支えていることに気がつく。五股に別れた手の先はたしか指と言うのだったか。肉の体を己のものとして扱うことを、ごく僅かな時間で会得した彼は、目の前に立つその男をただじっと見つめ返した。
「これはまた、えらくきれいな奴が来たなあ」
「……きれいと、言うな」
「んん? あー、いやなら言わねえけど……まあ、とりあえずまずは、お前の名前を教えてくれよ」
「……山姥切国広だ」
「やまんばぎり」
「なんだその目は」
「いやあ、物騒な名前だなあと」
「……、本科の号だ、別に俺が切ったわけじゃ……」
「ほんか」
 あまり刀剣について明るくない主のようだった。ぱちぱちと瞬きをして、こてりと首を傾げてみせる。他意がないのは明白で、ため息ついでに教えてしまった。
「……備前長船、長義の打った山姥切の写しとして、堀川国広が打ったのが俺だ。本科というのは、山姥切のことだ」
「あー、つまり山姥切国広と、山姥切とは別の刀なんだな?」
「ああ。……写しと言うのが気になるとでも?」
「そこは別に俺はいいんだが。呼ぶ時に困りそうだなあ」
「……好きに呼べばいいだろ」
「まあ、おいおい考えるさ。これからよろしく頼むよ、山姥切国広」
ここに来てくれて有難う、そう言って男はへらりと笑った。

 夢の話を審神者にすると、まず彼女は「刀も夢を見るんだねえ」と、感心したように呟いた。言われてみれば確かにその通りだった。人に似た体を得てからというものの、ただの刀であった頃には考えもしていなかったことを、違和感なくこなしている。食べるにしろ、歩くにしろ、話すにしろ。今まで疑問に思っていなかったことが不思議なほどだ。
「まあ、いっか。今はそれよりも、ばっきーの夢のなかみの話だ。何度も同じ男が夢に出る」
「ああ」
 最初の頃は妙な夢だと思うくらいで、さして気に留めていなかったのだ。しかし毎夜毎夜、眠る度に同じ男の夢を見る。しかもその内容は、いまの生活にとても似ていた。本丸に呼び降ろされ、そこで生活しながら歴史修正主義者と戦う。ただ審神者がこの娘から、あの男に入れ替わっただけのような。付喪神である彼は、それをたかが夢だと笑いとばせなかった。故に考えて、審神者の耳に入れることに決めたのである。この娘は変わり者だが頭は悪くないし、何より周りをよく見ている。だれかに軽く言いふらすこともないだろう。
「誰かが入れ替わる夢をみるなんて、そういうことはありえるのか」
「そうだねえ。人間ならまあ、わりとよくある話かな?」
「……そうなのか」
「私らみたいな人間や、君たちみたいなやつらだと、夢を渡るなにかの可能性は否定出来ないけどねえ。なんで夢を見るのか。潜在意識の投影だとか他にも色々理由は挙げられてるけど、そのなかの一つに、記憶の整理をするために人間は夢を見てるっていうのがある」
「記憶の整理……」
「人間の体は自分が思っている以上に、いろんな情報を五感、六感を使って取り込んでるからね。その情報を収めるべきところに収めるために、寝ている間に大整理をしているから、とっちらかった内容の夢を見るってね。昨日読んだ本の登場人物と夢のなかで恋人同士だった、なんて話も聞いたことがあるなあ」
 それはいろんな意味で夢を見た結果なのでは、と彼は思ったが口には出さない。本題から外れるのは目に見えている。
「まあそういうことだから、知らない人間を夢に見るっていうのは、体の仕組みとしてはありえない話じゃないんだけど……ばっきー達はそんなによその人間と会ってる訳じゃないしなあ。演練で会った審神者か、万屋行くときにすれ違った誰かとか?」
「それこそ記憶にはないんだがな」
「無意識で覚えてるってこともあるし。それにもしかしたら、君に会いに来ている誰かかもしれないしね?」
「ばかなことを」
 彼は本気にしなかったが、それからも男はずっと彼の夢に現れた。
 
 
 
 審神者が私室として使っている部屋から、男と、もうふたり分の声がする。三人が話す声を、彼は障子越しに隠れて聞いていた。
「あいつは、何と呼べばいいんだろうなあ」
 あいつ、というのは自分のことだと、彼は知っていた。
「国広では駄目なのですか?」
「和泉守が相棒のことを国広と呼ぶだろう? 俺の方が混乱してしまいそうでなあ」
「でも山姥切って呼ぶよか、よっぽどマシではありそうだよねえ」
「いっそ貴方が号をつけてしまうのも手だと思いますけどね」
「号」
「持ち主が変われば号が変わることくらい、僕らにはよくある話ですよ。いっそ号が山姥切でなくなれば、比べられているなどと思い悩むこともなくなるかもしれませんよ?」
「あー、まあ、それは一理あるかもだけどねえ……」
「……何か問題があるんですか?」
「問題というかなあ……」
 所詮、写しだ。俺などにつける号はないと、そう思っているのだろう。唇を噛み、その場を離れた。誰かのため息が聞こえた気もするが、後のことは知らない。彼はそこで目が覚めた。
 
 
 
「あんたはどうして俺をばっきーと呼ぶ?」
 夢の報告をするついでにそう審神者に問えば、「気が抜けてかわいいでしょ」と即答された。かわいいかどうかは彼には分からないが、確かに気は抜ける。難しい顔をして黙りこんでしまった彼に、娘は小さく声を上げて笑った。
「ひとつはね、他の本丸の子たちと区別するために使ってるんだ」
「……そうだったのか」
「長谷部と倶利伽羅には嫌がられたから、わりと普通に呼んでるんだけどねえ。でもよその本丸のへし切長谷部と大倶利伽羅をそう呼んだことはないでしょ?」
そう言われてみれば、彼女が付喪神の名乗る名前のまま、略することなく呼んでいるのは、他の本丸の者か、総称としてのそれである。
「ばっきーは嫌?」
「いや、というか。……違和感は、ある」
「それじゃあ、なんて呼んだらいいだろうね」
 問われても彼には分からない。山姥切は本科の号だ。代わりに彼ひとりを国広と呼べば、恐らく真贋の分からない脇差の兄弟が笑いながら傷つくことを、この審神者は知っている。だから彼女は国広の兄弟に、ぶっしー、ほりー、ばっきーなどという、巫山戯たあだ名をつけているのだ。そのことを彼も知っていた。だからけして、嫌ではないのだ。ただ、どうにも違和感がある。
 だからといって、呼ばれたいなまえなど、思い浮かびやしないのだけれど。
「しかし本当、よく見るね」
 男のことを指しているとすぐに分かった。審神者には、毎日男の夢を見ているのだとは言っていない。その夢の内容が気になって仕方がない時にだけ、こっそりと報告に行く。それでも結構な頻度になってきている自覚はあった。
「夢の中の男と、私。どちらが良い主だと思う? ばっきー」
 その問いにも、彼は答えられなかった。誰かと誰かを比べることが、彼はひどく苦手だったので。
 無言を返してばかりの彼に、それでも審神者はかすかに笑むばかりだ。
「ばっきーはいい奴だねえ。……だけど、覚えておいてね」
 
 いつかきっと選ぶ日がくる。
 
 
 
 その日の夢では、なんと彼は男に掴みかかっていた。困ったように笑う男を睨みながら、叫ぶように怒鳴りつけていた。
「どうして俺ひとりを置いていく!」
「ごめんな、国。でもお前にしか頼めないことなんだよ」
「そんなことを言って、俺以外のものはみな、連れて行くくせに! そんなに俺が写しであることが気に食わないのか!」
「そうじゃないんだ……実のところ、お前にも頼んでいいものなのか、よく分からない。ああ、あの子にはこっぴどく怒られるんだろうなあ」
「……意味が、分からない……!」
 男の胸に額を押し付け、唇を噛み締めて唸る彼の頭を、男の手がやさしく撫でた。桜の香に包まれて目眩がする。なんてひどい男だと、夢の中で彼は思った。
「どうかお前が選んでおくれ」
「なにを」
「俺からお前に、号を渡そう」
 顔を上げると、男はまるで別人のようだった。
 顔立ちが変わった訳ではない。ただ、香染だったはずの髪は真っ白に変わり、瞳は朱を帯びた金色に妖しく光り輝いている。彼はこの時はじめて、男が人でないことを知った。
「俺の望みをきいてくれるのなら、この号を受け取ってくれ。俺のことを忘れたいなら、どうかそのまま捨ててくれ」
 いまはまだ、選ばなくていい。その日が来るまで、夢を見るんだ。
 
 
 
 彼は夢から覚めた。
 目覚めてしまった。

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