• はこにわのつくもがみ

少将たちは夢を見るか

  • へしさに
  • 捏造
  • BL表現有
  • さにんば
読了目安時間:18分

へしさに、さにんば表現あり。兎にも角にも捏造がひどいう。みんな秘密を持っている。

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 審神者は縁側に座り、庭をぼんやりと眺めているようだった。わざと足音を立てて彼がゆっくり近づくと、そちらをちらりと見上げて、へらりと笑う。
「どうしたの、ばっきー。またあの男を夢で見たのかい」
「ああ。そして夢から覚めた」
 彼の言葉に、審神者の顔から笑みがすう、と抜け落ちた。驚いたわけではないだろう。彼女はいつかこうなることを知っていたはずだった。
 
「――俺の主は、いまどこにいる?」
 
「……詳しくは私も聞かされてないよ。ただ、あのひと色々、なんていうか規格外だからね。政府に目つけられて、ブラック本丸のお掃除して回ってるってのは、風の便りでちょっとだけ。……君はどのくらい、あのひとから聞いてるの?」
「……弟子にあたる女が、審神者になっている。その審神者のところで世話になれと」
「ふうん。……私は、君が思い出したら教えるように、師匠からいわれてることがある」
 よっこらせ、と歳に似つかわしくない掛け声と共に立ち上がった審神者が彼を連れて行ったのは資材置場だ。資材と札二枚を用意して、そのままふたりで鍛冶場に向かう。彼らを迎え入れた式神に資材を渡すと、審神者はその場に屈みこんでしまった。緋袴の裾が地面に付くのもお構いなしだ。
「君は、師匠から号を渡されてるよね」
「……ああ」
「あのひとなりに悩みはしたんだろうねえ。勘違いさせて悪かったって言ってたよ。私に言うなよって感じだけどね」
「勘違いとは、どういうことだ」
「号をつけることを渋ったのは、君が写しだからじゃあないよ、ばっきー」
 話している間に、札の力を使って鍛刀を終えたらしい式神が、とてとてと何かを持って審神者の足元にやってきた。有難う、と一言礼を言って式神から何かを受け取った彼女は、掌の上にそれを乗せて彼に見せる。十字の一箇所を長く伸ばしたような形の、金属で出来た何か。彼女の中指の先から手首ほどの長さしかないそれは、刃物ですらない。
「君は見たことがなかったよね。これが君たち刀剣男士を降ろすための依代だよ」
「……これが?」
 思わず語尾が跳ね上がる。たしかに、形状だけ見れば刀に似ているといえなくもない。しかし彼女の手にあるのは間違いなく、鈍く光るだけの、ただの鋼だ。
 もう片方の手の指先で依代なる鋼を撫でながら、審神者は言葉を続けた。
「私達審神者はこの鋼の塊を依代にして、君たちを呼ぶ。……本丸によっては、もっと刀に似せた依代を作る式神もいるらしいけど。真に寄せればうまく行きやすいっていうのは、古今東西、儀式の基本らしいからねえ。私は師匠にいろはを叩きこまれてるから、まあ、こんな鋼でもどうにかなる」
 つ、と腹の指で、刀であれば刃文が光っているであろう部分をなぞって。審神者は顔を上げることなく、彼に言う。
「――こんなもので、神の御霊を降ろせるなんて。本気で思う?」
 何を言っているのか分からなかった。神、というのは付喪神、すなわち、彼らのことのはずだ。
 この鋼の塊に、神の御霊を降ろせるのか、?
 審神者は何が言いたいんだ。
 現にこうして降ろしているではないか。その結果がこの手足であるはずだ、と考えて、彼ははたと気がつく。己が刀の時分には、当然肉の体など持ちあわせていなかったのだ。ならばこの手や、この足や、この顔は、どこから来た。
 もう一度言葉を反芻して、彼は目を大きく見開いた。
 この鋼の塊に、神の御霊を降ろせるのか。
 降ろせるはずだ。そうでなければ。
 
 ――俺は、何だ?
 
「……この本丸は、かなり魔術的な意味で作りこまれていると、師匠は言っていた。刀剣男士を顕現させるために必要なファクターはすべて揃えられていて、素養さえあれば知識がなくても、決まった資材を式神に渡すだけで依代が完成する。そしてそのまま、システムに導かれて君たちを呼び降ろす。……だから誰もが、君たちがほんとうに付喪神だと、そう信じて疑わない」
「なら、どうやって、」
「この依代に外来魂を吹き込むんだよ。その時に、外来魂が必要な記憶と仕組みと知識を、虚空蔵から引き連れてくる。好きな記憶を好きなように呼び込めないのは、魔術的なシステムによって乱数を入れてあるんだろうね。賽子やカードのシャッフル、そういうものには神の吐息が宿るから」
「なら、俺は、俺達は……」
「……多分、これはどこの本丸でもそうだけれど。君たちは顕現してすぐに、無意識のうちにやっていることがある」
「なん、」
「名を名乗ること。身に覚えがあるはずだ。君たちは名を名乗り、呼ばれることで、存在を固定化させる。……君はもう、大分ゆらいでいる。師匠に呼び降ろされた時にはちゃんと、名乗ることができてたはずだ。でも私がなんと呼べばいいかと、聞いた時に。答えられなかった」
何かを言おうとするのに、喉の奥でつっかえる。娘の横顔を見下ろしたまま、彼はただ立ちすくむ。
「……三条派のみんなは知っているみたいだ。岩さんからは呼び降ろしたその瞬間に問い詰められた。他にも何人か……現存していない奴なんかは、うすうす気が付いてる。多分、……私の影響なんだろうね」
 個体差、という言葉が頭をかすめた。刀剣男士は少なからず、審神者の影響を受けるものなのだと。だから本丸ごとに性格の違う者が現れることがあるのだと、誰かが噂話のように話をしていた。その時はそういうものなのかと、思っていたが。
「もっと酷い話をしようか。元々君たちは、別の命なんだ。本丸のシステムに審神者の力を乗せて、審神者と相性のいい外来魂に付喪神や、誰かの記憶を詰め込んで、名で縛る。――師匠はその記憶を、物語と呼んでいた」
「もの、がたり」
「誰かの目で見て、誰かの口から語った記憶だ。主観で歪み、時には伝聞の最中で歪み、憶測で歪み、想像で歪み、そうやって伝えられた、真実かどうか分からない記憶だ」
「……まさか」
「そのまさか。……呼び出された刀剣男士は、引きずり込んだ物語によっては……性格どころじゃなくて、来歴や過去の記憶すら、他の本丸の刀剣男士と違う可能性がある」
「なら、俺たちが、あんたたちが守っている歴史とやらはなんなんだ!」
「分からない。だからこそ師匠も私も、この戦いを疑っている。少なくとも観測者がいなければ、正しい歴史に導きようがない……まあ、これは余談だよ。大した話じゃない」
「これが、大した話じゃないだと?!」
「いま話すべきことは、君のことでしょう?」
 ちりちりと炎の音だけが部屋に響いている。数秒の沈黙の後、彼女は立ち上がり、その目でまっすぐ、うろたえた彼の瞳を射抜く。
「……君を呼び降ろしたあのひとは、人間じゃない。ずっと長い時間を生きる、私とも君たちとも違うべつのいきものだ。ただ依代にかきあつめただけの命くらい、かんたんに塗り替えられる。号を与えることを渋ったのはそのせいだ。あの人が与えた名を名乗れば、君は山姥切の写しどころか、山姥切国広ですらなくなるかもしれない」
 嗚呼、と彼は理解した。選ぶとはこのことなのか。
「あの日の答えを聞こうか、ばっきー。……私は君のことを、何と呼べばいいだろうね?」
 ここで山姥切国広として生きるか。迎えにくるかも分からない、あの主のものとなるか。彼女は、主は問うているのだ。
「俺は……」
 
 俺の、名前は。
 
 
 
「よっ。あんたが俺の大将か?」
 新たに顕現した『付喪神』は、粟田口の短刀だった。
「まあ、一応そういうことになるのかな。君の名前はなんていうんだい」
「俺は厚藤四郎!」
「おや。武将の家を渡り歩いた国宝だ。頼もしい」
「おっ、詳しいなあんた。これからよろしくな!」
「うん。こちらこそ宜しくね、厚藤四郎」
「隣のそいつは?」
「彼は山姥切国広。ばっきー、あっくんに本丸の案内したげてね」
「おいおい、あっくんって俺のことかあ?」
 けらけらと笑う、新しい『付喪神』を彼は見つめる。
 
 
 
 みんなの前ではこれからも、ばっきーと呼ぶからね。
 そう呼ばれている間は、きっと忘れずに済むから。
 改めて、これからよろしくね。さっちゃん。
 
 
 
「なあなあ、あんたのことは、なんて呼んだらいいんだ?」
「……好きに呼べばいい」
「おっ。なら大将みたいにばっきーって呼んでもいいのか?」
「別に、構わない」
「マジでか」
「……そろそろ行くぞ」
「おう。よろしくな、ばっきー」
 厚藤四郎という物語を与えられた命をつれて、彼は鍛冶場を後にする。
 
 ひとでなしの主と、もう自ら名乗ることのできない名前を呼んでくれる娘のために、この刀を振るおうと彼は思った。

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