• はこにわのつくもがみ

大倶利伽羅のモンペ審神者は今日もゆく

  • へしさに
  • 捏造
  • 不仲な男士有
  • 大倶利伽羅
  • BL表現有

 演練で知り合ったおっさん審神者から、「なぜお前のところの大倶利伽羅はそんなにデレデレなんだ」と電話口で叫ばれた。長電話しても政府サマサマ、懐はいたまないので大丈夫だ問題ない。
「そんなにデレてますかねえ」
「デレてるデレてる。超デレてる。何なの、主が可愛い女の子だから?」
「はあ。可愛いかどうかはよく分かりませんが、とりあえず有難うございます……?」
「あいつ『馴れ合うつもりはない』『ひとりで十分だ』って言って誰とも馴れ合わないじゃん。悪い奴じゃないのは分かるけど。戦場でもひとりで飛び出すちょっと困った子じゃん」
「……らしいですねえ?」
「えっ、なにそれまさか」
「うち普通に二番隊率いてもらってるんで。中々面倒見良いですし助かってますよ?」
「何なのお前んちの大倶利伽羅は奇行種なの? おこだよ。不平等なこの世界におっさん超おこだよ」
「私の方がおこですよふざけんな。奇行種ってなんですか奇行種って。倶利伽羅は天使、異論は認めない」
「そしてお前はまさかのモンペか」
 別に私は大倶利伽羅のモンペじゃないし、おっさんが言うほど馴れ合っているわけでもない。しかし旧式の電子掲示板を模した審神者専用の交流サイトを眺めていても、演練でよその本丸の話を聞いていても、大倶利伽羅との関係構築に悩んでいる審神者は多いようだった。私は何となく理由を想像できるのだが、誰かに教えるつもりはないので溜息をつくだけである。私が教えては意味がない。というかよその大倶利伽羅たちの意思を尊重すべきかなあとも思う。だからせいぜいヒントだけ。
「……そちらって、燭台切光忠とはうまくいってます?」
「ん? 大倶利伽羅がか?」
「いや、貴方が」
「おお。光忠はああいう奴だし、特に問題なくやっていけてるけど。あいつも大倶利伽羅のことは気にかけてるみたいなんだが、全然だめでなあ」
「成程なあ。やっぱり大倶利伽羅は天使。異論は認めない」
「わけわかんねえよ!?」
 ヒントっていうか結構そのまま答えを言っているようなものなのだけれど、おっさんには伝わらなかったようである。うちの倶利伽羅もよその大倶利伽羅も間違いなく可愛い。ちょう可愛い。あとでまた長谷部相手に語ろうと私は密かに決意する。
「まあ、何というか頑張ってください。大丈夫嫌われてませんから。むしろわりとデレられてますから」
「うそだ!!!!!」
 嘘じゃねえよ分かれよちくしょー、と思わないでもないが、それもまあ仕方がない。よその燭台切光忠は隠すのがうまいみたいだし。うちのみっちゃんはバレバレだけど。ちょうバレバレだけど。これが個体差と言うやつか。
 やっぱり私は溜息をつく。
 貴方と燭台切光忠の仲が良いからですよなどと、ストレートに言うのは憚られるくらい、大倶利伽羅廣光はいい刀。
 
 
 
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 我が本丸に燭台切光忠が来た時、私が真っ先に思ったのは「これアカンやつや」であった。
 性格のことではない。依代をつくり、呼び降ろし、顕現させた彼の顔を見た瞬間に、コレは人を狂わせるイケメンだなと本能的に感じ取ったのである。刀の付喪神である刀剣男士達はどいつもこいつも美形揃いだが、燭台切光忠のソレはちょっと、だいぶ人の欲をかきたてる部類の顔だった。思わず「おひょっ」と小さく叫んで、隣にいた長谷部から呆れた顔をされていたけど、私絶対わるくない。それに後日演練で当たった数人の審神者に「燭台切光忠って人の何かをかきたてる恐ろしいイケメンですよね」と確認すると、男女問わず力強く頷いたので、概ね間違っていないと思う。早々にやってきていた三日月宗近もべらぼうに美しいが、彼とはまた種類が違う。三日月の爺の美しさは妖艶というか、神秘的が故に人を惑わせる。が、燭台切光忠の方はもっと直接的に人の情欲に訴えかける。ちなみにこの話も前述の審神者達から同意を得られた。男女問わずに。刀剣男士のせいで道踏み外した審神者いそうだなと思ったのは内緒の話だ。
 さて、そういうわけで私の「おひょっ」という奇声に出迎えられた燭台切光忠は、少し困ったような顔で私と長谷部を交互に見つめた。
「あ、ごめん。かっこいいおにーさんが来たもんだから、驚いてつい」
 だいぶまろやかな表現に丸め込んで私が言うと、少し照れたように「それはどうも」と小さく笑った。うん、これは危険な男だ。もし相手が惚れっぽい女の子だったら、その一言で陥落していたのではないかと思う。私? 私はすでにこの審神者生活でイケメンに慣れていた。というかその頃にはもう普通に、長谷部とちょっと説明しにくい面倒な関係を築いていたのもあって、他のやつら相手に萌えることはあっても惚れるという発想がなかったのである。
「さて。かっこいいおにーさん。悪いけど名前を教えてくれますか」
「ああ、僕は燭台切光忠。青銅の燭台だって切れるんだよ」
「……」
「……ううん。やっぱり燭台切なんて名前、格好つかないよね」
「……いや、格好いい名前だと思いますヨ?」
 言葉に詰まったのは想像以上のイケボと予想外の話し方に面食らったせいだ。お前もギャップ萌え要員か。薬研の兄貴といいお前といい、どれだけ世の審神者をめろめろにするつもりなんだ。絶対お前らのせいで目が肥えて婚期逃すおねーさんがいるだろ良い加減にしろ。こんな思考を表に出さずに話せる自分は正直すごいと思う。長谷部からいつも「主の表情筋はどうなってるんですか」と言われるポーカーフェイスぶりです、お察しください。何考えてるかよく分からないと他人から絶賛される表情で、私はそのまま話を続けた。
「伊達家から水戸の徳川家に移った、長船光忠の太刀、だっけ」
「ああ、よく知ってるね」
「此処は君みたいなやつばっかりだからねえ。一応それなりには調べたんだよ。今日から私が一応、君の主ってことになるかな。よろしくね、燭台切光忠」
「こちらこそよろしく、主」
 微笑むとますますヤバさの際立つイケメンぶりに、妙な不安に駆られてSAN値チェックが入ったのも、ここだけの話である。
 
 
 
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 そんな感じでお迎えした燭台切光忠、通称みっちゃんについて、いくつか気がついたことがある。
 まず、けっこう裏表がはげしい。誰かと話している時には総じて穏やかでスマート、現世であればいかにもスタバが似合いそうなお兄さんに思えるが、人の目がないとだいぶドスのきいた声というか、普段より荒々しい雰囲気でひとりごとをぼそりと漏らす。私が聞いていることには多分まったく気づいてない。わざとらしく音を立てて近づけば、いつもどおりの話し方で声をかけてくる。別に口調ががらっと変わるわけでもないし、人によっては勘違いで済ましそうだけれども。みっちゃんは確実に、人の前では自分をつくる。それこそ戦闘中だろうと、怪我をして手入れ部屋に入っていようとだ。人前でかっこよく振る舞うことは、おそらくみっちゃんにとって当たり前の所作なのだろう。
 そう、当人は努めて格好良くあろうとしているのである。何事にも誠実だけれども、遊び心も忘れない。人を気遣うことができる、社交的で明るい、だけど決める時には決める伊達男。彼の考える格好良さは分かりやすかったし、その理想に沿うべく彼が振舞っていることは間違いないのだ。ただ、彼は少々、人の機微に疎かった。
「長谷部くんとは、結構気が合いそうなんだけどねえ。でも彼、元の主のこと嫌ってるから」
 んな訳あるか。
 同業者の皆様ならば概ね頷いていただけるだろう。長谷部のあれは単純に嫌いなのだと言えるような代物ではない。へし切長谷部を本丸に迎えた審神者であれば、かの第六天魔王に対する彼の感情が、ただの嫌悪感ではないことくらい、我が身を以って思い知らされているはずだ。うちは長谷部を攻略済なので色々と落ち着いているが、だからといって信長のことを完全に吹っ切っているかというと、そうでもない。
 表向き嫌いという態度を取る長谷部を気遣って、そんな言い方に留めている、と捉えることも出来なくはない。しかしみっちゃんには前科がある。彼は度々、おそらく善意の一環として「格好は常に整えておくべきだよ」と私に言ってくるのだが、正直これはデッドボールだ。男が思っている以上に、女に対して外見の話を振るという行為はかなり難易度が高い。おしゃれをするという行為に苦手意識どころかむしろ恐怖心を抱いている、そういう女性は意外と多いのだ。人によっては格好云々を言うだけでトラウマをえぐりかねない、そういう話題なのである。私もよほど仲の良い相手でなければ、あまり色々言われたくない。長谷部なら許す。そんな手榴弾のような話をさらりと放ってしまえる辺り、みっちゃんという男は少し残念なイケメンなのだった。
 正直に言うと、彼がもし人間であったとしたら、あまりお近づきになりたくないタイプの男である。ただしみっちゃんは刀だ。付喪神だ。それを踏まえて考えれば相当な萌え案件だ。色々鈍いのも人じゃないからと思えば納得だし、そのくせみんなに優しい、かっこいいお兄さんを目指して理想像をなぞる姿は、気味が悪くていっそ可愛いとさえ感じるレベルだ。彼の少々空回り気味の可愛さに気がついている奴も、うちの本丸には少なからずいるのだけれど。教科書的な優しい振る舞いはできるから誰かと衝突することもなかったし、細かい配慮を求めなければ会話は楽しい。特に問題ないと判断した私は、暫くの間は何も言わずにそのままにさせていた。そう、暫くの間は。
 
 
 
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 大倶利伽羅が顕現した日、みっちゃんは遠征で留守にしていた。
 敵を斬りすてると依代がぽろりと零れ落ちることがあるそうで、出陣した刀剣男士達は度々それらを拾って本丸に帰ってきた。その依代の穢れを払い、呼び降ろす。資材を使うことなく刀剣男士がやってくるので、大変経済的な召喚方法だと私は思う。大倶利伽羅は、一番隊が安土で拾ってきた依代を清めて、呼び覚ました刀剣男士だ。
「初めまして、お兄さん。名前を教えてもらっても?」
「……大倶利伽羅だ」
「おや。もしかして伊達家春の三番か」
 即座に返した私に、大倶利伽羅は驚いたのか少し目を丸くしたけど、すぐに目をそらして「ああ」と素っ気ない返事を返した。どこか憂いを帯びたお兄さんだな、というのが第一印象。これはカウンセリング案件かもしれない。様子を見るために、とりあえず会話を続けることにした。
「成程なあ。龍の彫り物がそんな風に表れるのか。伊達政宗の佩刀だっけ」
「いや。伊達政宗に佩かれたことは、なかった」
「ああ、そうなんだ? まあいいや。今日から一応私が主ってことになるのかな。よろしく頼むよ、大倶利伽羅。……、あー……」
「……何だ」
「いや、本丸の案内を誰にさせようかと思ってね。うちにはみっちゃん……燭台切光忠がいるんだけど、今は留守にしてるからなあ」
「……案内は必要ない」
「おや」
「他に用がなければ俺は行く。……馴れ合うつもりはない」
「……さよか、……さよか……」
 部屋を出て行く大倶利伽羅の背を見送ってから、私はひとり呟き、考える。
 ――燭台切の名前が出た途端に、態度が変わった。
 これは何かありそうだ。ならば探りを入れるしかないと、私は帰ってきた遠征部隊を出迎えて、全員にお疲れ様と言葉をかけてからみっちゃんに話を振った。「みっちゃんや、さっき大倶利伽羅がおいでになったよ」
「……大倶利伽羅?」
「うん。伊達の家で一緒だったんじゃなかったっけ?」
「ああ、……ああ、大倶利伽羅か。うん、そういえば彼も政宗公のところにいたっけな。でも彼、僕が伊達の家にいた頃はまだ、付喪神になっていなかったから」
「あら、それじゃあ面識はないのか。知り合いかなーと思って教えに来たんだけど」
「そっか、なんだか気を使わせちゃったね。わざわざ有り難う」
 にこりと笑って、他の隊員たちの後を追うようにみっちゃんも彼らに続いた。おそらく武具を解いて大浴場に向かうつもりだったのだろう。
 燭台切は嘘をついた。
 先程、大倶利伽羅に伊達政宗の佩刀だったのかと訊ねた時、彼は悩むことなくすぐに否定した。もし伊達に渡ってから命を得るまでの間にそれなりの期間があったのならば、知らぬうちに佩刀されている可能性を考えたはずである。それに、大倶利伽羅の号をつけたのは独眼竜だ。付喪神という存在の性質を考えるに、彼が命を帯びたのは名を付けられたその時である可能性が高い。
 燭台切光忠が水戸徳川家に行った時期は明確にはわかっていない。ただ、どんなに短く見積もっても数年間は、この二口の伊達にいた時期は重なっている。
 第一、大倶利伽羅は燭台切光忠を、知っていた。
「……伊達家の刀もずいぶんと、難儀そうだわあ……」
 燭台切光忠と大倶利伽羅廣光は仲がよろしくないという事実を、私はこの時に察したのである。
 
 
 
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 日が経つにつれ、倶利伽羅はますます人を寄せ付けないようになった。
 戦場であろうと本丸であろうと、オールウェイズ『俺ひとりで十分だ』モードである。手入れの必要な怪我を負った時でさえ彼はどこかにひとりで消える。おかげさまでかくれんぼの鬼役はだいぶ得意になってきた。
 否、本当はコレにはカラクリがあって、単純に私厳選本丸内サボタージュスポットを手当たり次第に回っていけば、どこかに必ず倶利伽羅がいるというだけなのである。長谷部や勘のいい短刀達から逃れるための場所を、私は脳内にインプットしている。すなわち本丸でひとりになれる場所を私はだいたい把握しているのだ。もし他に隠れられる場所があるなら行ってみろ。割りと本気で教えてほしい。
 そんな訳で私は他の付喪神よりも多く、そして他の付喪神から見えない場所で、倶利伽羅と話す機会を獲得していた。
 私が倶利伽羅を発見すると、彼は眉間に深い深い皺を刻むが、本当にそれだけである。会話の回数を重ねていけばすぐに分かるが、倶利伽羅は人を寄せ付けない反面、むやみやたらと人を傷つけることもない。意外に思えるほど言葉遣いや声音は穏やかだし、必要以上に構わなければ、こちらの話もちゃんと聞く。ただし出陣に関することだけは、頑なに従おうとはしなかった。
 そう、見ていると倶利伽羅の行動にはふたつの軸があることに気がつく。
 ひとりきりの力で戦うこと。そして他人と距離を置き遠ざけること。このふたつは似ているようでいて、実は全然違うのだ。私は前者から彼の静かな意地を、後者から不器用な情味を感じ取っていた。このふたつを混同したり、どちらか片方ばかりに目を向けていると、おそらく彼と付き合うのは難しくなる。
 それから、もうひとつ。彼は己が無銘の刀であることを、かなり気にしているようだった。
 一度、倶利伽羅の機嫌が良さそうなタイミングを狙って、伊達家にいたころの話を聞き出そうと思ったことがある。結局「語ることなどない」と即座に切り捨てられてしまったのだが、その時の倶利伽羅はいつもと少々様子が違ったのである。
「何にもないなんてこたぁないだろうに。相当長い間伊達のおうちにいたんでしょ?」
「語るほどのことは何もない。なにせ、無銘刀なものでね」
 どこか卑屈さをにじませた倶利伽羅の声が、引っかかって仕方がなかった。倶利伽羅は己を卑下するような発言など滅多にしない。その彼が、無銘刀であることをそのように語る理由を、私は探して。ああ、と思い当たってしまった。
 
 
 
 劣等感を、彼に植えつけたのは誰だったのか。
 
 
 
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 あたらしくきた、あのこ。
 むめいとうなんだって。
 みとのとくがわはめいのないなまくらを、あるじさまにさげわたしたの?
 しかし、きれいなかたなだとむつのかみさまはいっていた。
 だけどほりものがある。
 ただのかざりか、きずかくしか、どっちだろう。
 あるじさまは、それをきにいっているみたい。
 だけどしょせん、めいのないかたなだよ?
 でもあるじさまが、なまえをつけた。
 おおくりから。
 おおくりから。
 よくきれるみつただのつぎに、なまえをつけてもらったこ。
 そんなによいかたななのかな。
 むめいとうのくせに。
 むつのかみさまはいつも、おおくりからをながめてばかりだ。
 むめいとうのくせに。
 ごうをさずかるなんて、とってもすごいことなのに。
 あのこはいつもしらないかおをしてばかりだよ。
 しつれいだよね。
 むめいとうのくせに。まさむねこうにはかれたこともないくせに。
 まさむねこうはおおくりからをだいじにしてた。
 むめいとうのくせに。
 うらやましいね。
 それなのに、おれいのひとつもいわないんだよ。
 どうかとおもうね。
 むめいとうのくせにね。
 おおくりから。
 
 
 
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「なぜ俺に構おうとする」
 その日の倶利伽羅はずいぶんと不機嫌、というかどこか荒れた様子で、おひとりさまスポットのひとつに座り込んでいた。私の方はいつも遠りに、それっぽい用事を携えて倶利伽羅のもとをひとりでふらりと訪れて、業務連絡のような会話をしにきただけだったけど。そろそろ焦れたか。それとも誰かに、何かを言われたか。何にせよ、彼からそう言ってくるのなら、潮時というやつだろう。少し間を開けて、倶利伽羅の横に座る。いつも以上に、もはやそのまま消えなくなってしまうんじゃないかとくらい深い皺を眉間に刻んだまま、倶利伽羅はちらりと私を見て、すぐに視線を地面に逸らした。
「……汚れるぞ」
「はは。君のそういう所が好ましいから、つい仕事を任せたくなるんだよねえ」
「…………」
 倶利伽羅はどこか怒ったような顔をしているけれど、これは怒っているのではなくて、困っているのだろうと私は思う。そう、私の予想が正しいのなら、私をどう扱うべきか、考えあぐねているところ。
「まあ、永きを生きる付喪神に何を言うんだって感じだけどね。君は可愛いし良い奴だから、仕事上の付き合いとはいえ、やっぱり情はわきますヨ」
「……馴れ合いなら光忠とでもやればいい」
「え。みっちゃんはふつーにいやだ」
 きっぱりと言い切った私に、倶利伽羅は顔を上げ、きょとんと目を丸くして私を見つめた。……想像以上にあどけない表情に、私はいっそ心配になる。この子こんなに可愛くて大丈夫か。伊達家にいた時、悪いやつにつかまったりしてやいないか。そんなことはおくびにも出さずにいる私の表情筋は本当に優秀だと思う。
「……普段から、あれと随分と親しげに見えたが」
「まあ仲は良いと思うけど。私、自分が嫌われる想像が出来ないひとって苦手なんだよねえ」
 私の物言いに倶利伽羅はわかりやすく狼狽える。――心当たりがない訳じゃないだろう。みっちゃんは、美しい太刀だ。織田に愛され、伊達に名を付けられ、水戸に嫁いだ美しい刀。華やかさで知られる長船光忠のつくった一振りで、その号の由来となる逸話によって切れ味も証明された。彼は求められることが当たり前の刀なのだ。格好を気にするのだって自身の矜持のためだろう。
 伊達の家でもそれはそれは持て囃されていたらしいと、少しだけみっちゃんから話を聞き出した私ですら思ったのだ。傍で見ていたであろう倶利伽羅に、分からないはずがない。
「倶利伽羅や。先に言っておくけどね。ここは、伊達の家じゃない」
「……」
「そもそも私は刀の目利きも出来なければ、この手で振るうわけでもないし。光忠ひとりを特別に愛でて可愛がる趣味はないですよ。というか長谷部に殺される」
「は、」
「意外と気付かれてないみたいでねえ。三日月の爺とか薬研の兄貴とか、あと宋さん辺りにはバレてるみたいなんだけど」
「……あんたら、そういう仲なのか」
「清いお付き合いですよ。恋仲なのかはよくわかんないし。でも長谷部以外のやつと長谷部とのような間柄になる気はない」
「……」
「まあそういう訳だから。燭台切ひとりの不興をかったくらいじゃ、私はなんも困らないよ。孤立もしなけりゃ、他の奴らとの関係が悪くなる訳でもない。……君の気遣いは素直に嬉しいけれどね」
 倶利伽羅はおそらく、私とみっちゃんが親しげに見えたからこそ、自ら距離を取ったのだ。みっちゃんは倶利伽羅をとにかく嫌っている節がある。口では心配しているようなことを言うが、その中には倶利伽羅を見下すような響きが混ざる。伊達の家での彼らの関係は、きっと想像する以上にろくなものじゃなかっただろう。誰からも持て囃される付喪神に嫌われた彼が、孤立していたことは想像に難くない。
 独りになりたいから独りになった奴よりも、独りになったから独りであろうとする奴の方が、世界には多いのだ。少なくとも私の見てきた世界はそうだった。
 倶利伽羅の可愛いところは、他のやつを巻き込まないためにという理由で、人を突っぱねているところだが。
「まあ戦のことについては、私は何も言いませんがね。この屋敷の中はまあ、君が誰とよろしくやろうが誰も困りやしませんよ」
「……短刀達は、あれに懐いているだろう」
「……倶利伽羅や。あれは懐いてるというんじゃなくて、可愛がっているというんだよ」
「な、」
「伊達には太鼓鐘貞宗がいたよね? みっちゃんも知ってるくらいだから付喪神として生まれてたはずだと思うけど。……太鼓鐘貞宗は、ただのかわいいお子様だったのかい」
 堺の商人が持っていた短刀なんて、私は嫌な予感しかしないんだけれど。
「……、…………」
「……あの子達を舐めないほうがいいというか、どうもうちの本丸は、短刀達が異様にしたたかでしてね……? ぶっちゃけると君とみっちゃんの関係もバレバレというか、割りと君好かれてるというか……三日月の爺がひとを愛でるノリでみっちゃんが愛でられてるというか……」
「……光忠は大丈夫なのか、それは……」
 そこでみっちゃんの心配をしてしまうあたりが、君の天使たる所以よな、と私はしみじみ思うのである。
 
 まあ、あんまり大丈夫じゃないから、私が動いた訳だけど。
 
 
 
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「最近、龍の子と仲が良いようだなあ」
 月のきれいな夜、縁側でお茶を飲んでいると三日月の爺がやってきた。
「そう見えますか」
「うむ。そうだなあ、あの子もだいぶ角がまるくなってきたような気がするぞ。よきかな、よきかな」
 口元を隠して笑いながら、三日月が隣に立った。相変わらずそら恐ろしい美しさだ。この爺欲しさに阿津賀志山ブートキャンプを刀剣男士に強いる審神者が続出していると聞く。今も昔も月は人を狂わすらしい。
「代わりに燭台切が随分と拗ねておるようだがなあ」
「良いんですよ。此処は伊達でも、水戸徳川でもないんですから。少々時間を掛けて、灸を据えるつもりでいるんで」
「おやおや」
「……ですから、燭台切に手を出すのはやめておいてくださいな、三日月のおじいちゃん」
 この本丸の刀剣男士は、倶利伽羅に好意的だ。
 そしてみっちゃんが倶利伽羅を嫌っているという事実も、ほとんどのメンバーに知れ渡っているのが現状だった。少々鈍いというか、人の悪意に疎い獅子王や、武器意識の高すぎる御手杵あたりは気がついていないようだったが。状況を知っているから、人と距離を置く倶利伽羅に対しても、みんな悪感情は抱いていない。
 むしろじわじわと孤立しつつあるのは燭台切の方だった。
 倶利伽羅もみっちゃんもひとしく愛でている短刀ズはいい。興味なさそうにしているたぬきちややすやす、じっと見守っている兼定コンビやお清もまだいい。うちはことなかれ主義者が多くて本当に助かっている。が、みっちゃんに対する微妙な空気はやはり一部の刀剣達の間でくすぶりつつあったのだ。
 そしてこの三日月の爺は放っておくと、周りを巻き込んでみっちゃんのハートをフルボッコしかねない。
「やれやれ。別に俺がやってもいいんだぞ? 主や」
「天下五剣にばっきばきにされたら、流石にみっちゃんが立ち直れませんよ……やるなら私が一番。穏当にことが済む。手出しは無用ですよ、三日月の君」
「あいわかった。主がそう言うのなら、俺達は黙って見ておくことにしよう」
「ん。ありがとうね、お爺ちゃん」
「なに、気にすることはないぞ。何かあれば言うといい、給料分は働こう」
「ふはは。頼もしい限りだわ」
 では、俺はゆくが早く休めよ。そう言って三日月の爺は自室の方へと歩いて行った。これで三条派が動くことはないだろう。その姿が見えなくなってから、私は深々と溜息をつく。
「審神者業も楽じゃないわあ」
 私の愚痴を、月ばかりが聞いていた。
 
 
 
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「倶利伽羅や」
 演練で当たったその審神者は、まだ十六歳になったばかりだという女の子だった。
 彼女に名を呼ばれた付喪神は、審神者の間では付き合っていくのが難しい刀剣男士として有名な太刀である。左腕に龍を飼うその太刀と距離を縮めようとして、玉砕した審神者は後を立たない。
 しかし、彼女のところのその太刀は――大倶利伽羅は少し様子が違うようだった。
「どうした」
「刀装、どのくらい剥がされた?」
「一の騎兵が少々欠けた」
「ああ。……でもこんなものかあ。これなら長篠くらいは余裕かな……ん、有難う」
 そのまま彼女は一緒の隊にいた薬研藤四郎と今剣の名を呼んで、それぞれの刀装の削れ具合を確認している。
 ……それだけの会話すら、大倶利伽羅を知る者にしてみれば衝撃的な光景だった。
 しかし彼女の率いる刀剣男士は、その様子を見ても至って普通だ。ならば彼女の本丸では、この光景が普通だというのだろうか。何だかとても、ショックを受けた。
 大倶利伽羅は、あんな顔も出来るのか。
 微笑んでいるわけではない。それでもどこか険のとれた彼の表情はずいぶんと穏やかそうで、初めて見るそれに男は頭を殴られたような心地がした。
「……どうかしましたか?」
 そんな男の様子に気がついた同業者である女の子が、こてりと首をかしげながら問いかける。彼女も大倶利伽羅のその表情を疑問に思っていないらしい。
「……君、大倶利伽羅とデキてたり」
「ふざけんなはったおすぞおっさん」
「想像以上に口が悪い!」
 
 騒ぎ始めたふたりの後ろで、大倶利伽羅はきょとんと目を丸くした。

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