• はこにわのつくもがみ

交錯

  • へしさに
  • 捏造
  • BL表現有
  • さにんば
  • クロスオーバー

「ぐーちゃんも審神者になるんだってねえ」
 その日、窓から堂々と彼女の部屋に入り込んだのは、猫のように微笑む異端であった。前世の記憶というけったいな代物を持って生まれた彼女が、その記憶のなかで出会った女。師匠は彼女をななしの吸血鬼と呼んでいた。
 今生では初めての出会いになるはずなのだが、吸血鬼はためらいどころか確認さえないままに、ぐーちゃん、と、一九〇年前とおなじあだ名で彼女を呼んだ。相変わらず本名に掠りもしていないそれに肩を竦めてみせながら、彼女はソファに腰を降ろす。
「……今更どこで知ったなんて言わないけど。今日は何の御用ですかね、ななし殿? まさか激励の言葉なんてかけにきた訳じゃあないでしょうよ」
「ぐーちゃんは私をなんだと思ってるの。でもそうだねえ、今日はぐーちゃんに、渡すものがあって来たんだよ」
 渡すもの。そう彼女が訊ねる前に、吸血鬼が取り出したのは華奢なつくりのネックレスだった。四本の指に巻きつけ握った細いシルバーチェーンの先でひとつ、丸い石が揺れている。アメシストやアイオライトに似た色をしているが、そのどちらでもないだろう。じっと表情を変えぬまま石を見つめた彼女は、ふう、とひとつ息をつく。
「そのなかにいるのは、だれ」
「うーん、流石ぐーちゃんと言うべきか。けっこう目くらましはかけてるんだけどなあ」
 その石にはたましいが在る。
 鋭すぎるほどに清廉なたましいだ。まるで丸い硝子に藤色の水を隙間なく詰め込んだようなむらさきの石。揺れると照明の光を反射するのか、それとも自身が放つのか。白とも金ともつかぬ光が、澄んだ紫の内側で星雲のようにちらついた。けしてわるいものではない。人差し指をそっとよせれば、おもいのほかなめらかな感触が皮膚をやさしく撫でていく。
「どうか連れていっておやりよ、ぐーちゃん」
 君の旅路の道連れだ、そう言いながらするりと吸血鬼が手放した首飾りを、彼女はそのまま受け取った。手に乗せても違和感はない。やわく石を包むように握りこんだ彼女を見て、吸血鬼はにまり、にまりと微笑んでいる。
「心配しなくても、大丈夫だよ」
 それはどちらに向けての言葉だったのか、そこまでは分からなかった。
 
 
 
「起きられましたか? 主」
 縁側で眠ってしまっていたらしい。肩にかけられたカソックの片袖が、くたりと腹部に乗っているのを視界におさめて、丸めていた背をゆっくり伸ばした。どのくらい寝ていたのだろう。声のした方を見上げると、長谷部がこちらを見下ろしていた。
「さむくないのかい、長谷部」
「俺は大丈夫ですよ。むしろ起こしてしまったのなら申し訳ありません」
「いや。ちょうど目が覚めただけだよ。ありがとね」
 ちょんちょん、とカソックを前を軽く引いてみせながら、審神者は庭の木々に視線を移す。朝夕はまだ肌寒く感じるものの、日差しはだいぶ春めいていて、ひなたに居ればずいぶんと過ごしやすくなってきた。もう少しあたたかくなれば、そのうち桜も咲き始めるだろう。
「長谷部と出会った日の夢を見ていたよ」
「俺と出会った日、ですか」
「うん」
 審神者の言葉に、長谷部はそうですかとだけ答えて、それ以上は何も返さなかった。彼と彼女が出会った日。そう聞いて、彼が思い描くのは一体いつのことだろう。
少なくとも、三度(みたび)
 そう、彼等の出会いと呼んで差し支えのない瞬間が、最低でも三度はあるはずなのだ。この本丸の長谷部の魂は、乱数の呼び声に応えて集まった外来魂ではない。彼女が審神者の素養ありと政府からの通達を受けたその日、つまりはまだ、この役に就く前に。とある異端から預けられた魂こそが、いま彼女の隣にいるへし切長谷部に他ならなかった。
 年月だけを見れば旧い知り合いになる異端から、説明もなく預けられた首飾り。その鎖にさげられていた丸い石は、この本丸を立ち上げたその日に、ただの石ころに成り果てた。政府の施設で渡された歌仙兼定に命を吹き込み、クダキツネを連れて本丸に足を踏み入れたその時のことを、おそらく彼女は生涯忘れることなく過ごすだろう。胸元にしまいこんでいた石がまるで焼けたかのように熱を帯び、声なき声が頭に鳴り響く。まるで脳を裂いていくかのように知識が敷かれ、与えられた理に導かれるまま鍛冶場に向かった。クダキツネの制止を無視して資材を放り、手伝い札をたたきつけ、そうやって顕現させた付喪神が、彼女のへし切長谷部だ。
「へし切長谷部、と申します」
「へしきり、はせべ」
「はい。……できれば、長谷部と。そう呼んでください」
「長谷部」
「はい、主」
 人の身を得た道連れの目は、たましいと同じ色だった。
「……あの時はびっくりしたっけなあ。名乗った途端、急にひざまずくんだもん」
「それはもう。貴方はやっと出会えた、俺だけの主ですから、ね?」
「あは、いい笑顔」
 こてんと首をかしげ、大袈裟に冗談めかしながら笑った長谷部に、審神者も喉を鳴らしてかすかに笑う。この男は人が思うよりもずっとかわいい猫かぶりをするし、それと同時に隠し事もやってのけるのだ。
 本丸で顕現したあの日。そして異端の女から魂を預けられた、あの日。それぞれを彼等の出会いと数えるならば、これで二度。そして恐らく、もう一度。それよりも前に、どこかで出会ったことがあるはずなのだ。そうでなければあの吸血鬼が、首飾りを渡しに来る理由がない。彼はきっと、ずっと前から、私のことを知っている。私は憶えていないのだけれど。
 前世のどこかで出会ったのだろう。そう彼女は考えていた。なにせ前世を覚えているといっても、大学に通っていた頃までの記憶である。きっと大学卒業から死ぬまでの間、空白の時間のどこかで出会っているに違いない。吸血鬼が絡んでいるのならなおのこと――そう思うのに、最近は妙な夢を見る。
 夢は記憶のつぎはぎだ。
 少なくとも彼女の見る夢はそうであることが多い。庭でメジロを見かけたと、あきがきゃあきゃあはしゃいでいたこと、小学校の頃にカッターで指を切った時のこと、演練で不思議な気配のする審神者を見かけたこと、長谷部と碁を打ちながら大福をつまんだこと、バイト先の花屋で貧血を起こして倒れたこと、志郎さんと海際で暮らしていた頃のこと。前世、今生を問わず、自分でも忘れていたような出来事が、できの悪いパッチワークのように混ざり合って夢になる。かつて咲楽守に聞かせた話のいくらかは彼女自身、心当たりの多い話なのだ。すっかり忘れていたことを夢のなかで見て思い出す。そういう経験も何度かある。
 だから、最近の夢はすこし、歪だ。
(私は、君と碁を打ったことがあるんだろうか)
 この本丸に、碁盤はない。
 
 
 
 その日の夢は、懐かしい海際の夢だった。
 いまと同じ年頃の頃。志郎さんに連れられて入った施設のある港町。町の中心から少し離れ、坂道を登ったところに、灯台の立つ岬がある。灯台の向こう側は立ち入り禁止なのだけれど、設けられた柵を越えてひとり岬の先端に立ち、訓練場から放たれる艦上戦闘機の軌跡を眺めるのが好きだった。夢のなかでも、海に白い線を引く飛行機雲を、岬でひとり、ずっと見ていた。
 急に、気配が増えたのだ。
 突然あぶくのように現れた背後の気配に、後ろを振り向こうとした、その刹那。どん、とうしろから突き飛ばされて。
 私は崖から、落下した。

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