• 夜明けを願う祝ぎの庭

夜明けを願う祝ぎの庭 3

  • 不仲な男士有
  • BL表現有
  • 燭鶴
  • パロディ
  • くりつる
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なんでもありのハリポタパロ第三話。そんな顔はずるい、とのちに彼は言った。

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伊達廣光の話

 魔法薬学の担当教諭である伊達廣光は、あわい者である。
 この国では魔法――これも西欧諸国が使う言葉の訳語に合わせた呼び方で、この国では本来別の呼び方がある――の素養を持たぬ者達を葦人といい、葦人から生まれた祝ぎ者を間にいる者、あわい者と呼ぶ。廣光の両親はどちらも葦人の生まれで、知る限り親族にも祝ぎ者はいない。十一歳の誕生日を迎えたその次の夏、香久槌魔術学院入学証明書なる書類一式を持って小学校の教頭が家にやってくるまで、彼は己が魔法を使える人間だなどとは夢にも思っていなかった。大人が何をふざけているんだとさえ思ったが、教頭の話を聞くうちに両親の方が先に納得してしまった。
 昔から廣光の周りでは不思議なことが起こっていた。
 人には見えないものを見て指を差し、同級生や大人たちを困らせるなどということは日常茶飯事で、他にも廣光が怒ると物が勝手に落ちるだとか、火花が散るだとか、そういう話がいつも付きまとう子どもだった。日本人離れした朝黒い肌の色や明るい目の色も災いして、廣光は概ね、のけものにされていた。
 お宅の息子さんには、特別な力があります。その力をうまく扱えるように、特別な学校に通わなくてはなりません。夏休み明けの九月から入学して、七年間。長期休暇以外は寮で生活してもらうことになります。勿論一般的な義務教育や、本人が望めば高等学校相応の教育も受けることも可能です。学費は国から補助が出るので、ご安心ください。そんな、前の年に彼の通う小学校へ赴任したばかりの教頭が話す、およそ荒唐無稽としか思えないような怪しい学校の話を聞いた父母は、あからさまに安堵した。
 厄介払いが出来ると思ったのだろう。近所や学校に頭を下げまわる母親を見て育った廣光は、諦めに似た心地でその話を受け入れた。たとえ嘘八百の話であったとしても、己がそれでどうなったとしても、この両親は楽になるのだ、という捨て鉢な心地で反抗もせずに頷いた。
 その教頭の言葉に、嘘や偽りは何ひとつなかったわけだが。
 
 
 
「お、いたいた」
 夜、廣光が魔法薬学の準備室で本を読んでいるところで、木製の引き戸を開ける音と同時にボーイソプラノが彼の耳に飛び込んできた。こんな時間にやってくる者に心当たりは一人しかなく、廣光は溜息とつく。
「……また来たのか」
「ああ。ちょいとばかり、寮がうるさくてなあ。邪魔はしないから暫くいさせてくれないか、先生」
 筆箱とノート、それから鮮やかな壁画の写真の横に魔法史と印字された教科書をひらひらと見せながら、安達国永はにっと笑った。
 この学校では朔の夜を除き、夜敷地内を出歩くことは禁じられていない。掃除や上級生の手伝いなど割り当てられた当番さえこなしていれば、基本的に消灯時間までの間は自由に動ける。寮監である惟定に訊ねてみれば、国永は朱雀寮のどの一年生よりもまっとうに、率先して身の回りの仕事をやっているとのことで、五城安達の彼がそんな様子なものだから周りもつい真面目に仕事をするようになったと、楽しそうに笑う始末だ。それを聞いてしまえばもう彼に来るなとも言い出せず、毎度廣光は「勝手にしろ」と一言だけ返して、結局準備室に通してしまう。
 朔の夜、女怪に襲われかけていた国永を寮に送り届けて以来、廣光はどうも彼に懐かれてしまったらしい。
 とは言っても彼が準備室に顔を出すのは決まって夜で、昼間は他の生徒達と同じように授業を受けているし、特別な用でもなければ進んで話しかけてくることもない。受け答えにはしっかりと敬語を使ってくるし、準備室に用があっても今のように声もかけないまま入ってくるということもない。
 夜、まるで人の目を避けるようにしながら、時折こうして彼の元を訪れる。
 正直なところ、この少年をどう扱えば良いものかと廣光は考えあぐねている。本来ならば口調を正せと言わねばならない気もするのだが、元々廣光は最低限の規則と授業中のこと以外は生徒に干渉しないようにしているし、何より敬語で話す昼間の少年に、どうしようもなく違和感を覚えてしまっているのも事実だった。
 安達国永は、あまりに過日の安達みつると、瓜二つだ。
「そういえばなんだが、伊達せんせ」
 かりかりとシャーペンをノートに走らせながら、国永が口を開いた。ページを捲る手が止まっているのを察して、声をかけてきたのだろう。この少年はやたらと敏い。彼が他のことをしている最中には、けして話しかけてこないのだ。
「……どうした」
「あー……冬休みに、父さんと母さんに、先生の話をしたんだが。まずかったか?」
 シャーペンのキャップをノックさせて、芯を出したりしまったりを繰り返しながら問う国永に、廣光はようやく今日の用件を悟る。いつものようにただ他の生徒がいない時間を過ごすために来たわけではなかったらしい。
「……別に。お前が気にするようなことはない」
「しかしふたりとも、先生の名前を出した途端、すごい顔をしていたぞ?」
「俺が不義理をしただけだ」
「不義理」
「……卒業してすぐ葦人にまぎれこんで、連絡ひとつ入れずにいたからな」
「へえ。暫く葦人暮らししてたのか。まあ、先生なら魔法なくても生活できそうだもんなあ」
 ふふ、と笑う国永を見ると、どうしても廣光は彼の母親を思い出す。髪をひとつに束ねている他は、本当にあの頃の安達みつると見紛うほどに、彼は母親と瓜二つであった。――彼女よりはずっと素直で、人懐こいたちであるらしいが。
 みつるは人を寄せ付けぬ少女だった。
 誰にでも気安い態度を取っているように見えて、共に連れ添うように入学した婚約者の光忠以外には誰にも心を開くことなく、ぴんと張った弦のような矜持を周りに張り巡らせたまま生活していたように思う。もしかしたら光忠にさえもすべては見せずに過ごしていたのかもしれない。そして恐らくは廣光にも。
 この学校に教師として戻って来てから、彼女のことを思い出すことは幾度もあったが、彼が入学してからというものの、何かにつけて思い出さずにはいられなくなった。――けして、良いばかりの思い出ではないから、あまり思い出したくはないのだが。
 何度も準備室に押しかけられ、話をする内に、混同すること自体は少なくなった。
 安達国永は見目こそ母親とそっくりではあったが、彼女よりずっと親しみやすい子どものようだった。廣光の目から見ても交友関係は広いし、最近は話し相手にといってあの女怪の元にさえ通っていると聞く。己を襲った異形まで友人にしてどうするんだ。京極青江の口からその話を聞いた時には、あまりの剛胆さにいっそ呆れたほどだ。廣光が知る限りでは朔の夜に出歩いた生徒は他にいないが、過去にあの女怪やそとから入り込んできた物怪に追われた者の話は伝え聞いている。大抵はみな恐怖のあまり夜に寝付けなくなって、寮監や先輩に泣きついたり、養護教諭の世話になるのだというが、そんな前例はこの少年に関してはあまり当てはまらないらしかった。
 なにせ、悔しさのあまりに泣き出すような子どもだ。
 あの夜、廣光の手に引かれた少年が零した涙は、けして恐怖や安堵のためのそれではなかった。父譲りか、母譲りか分からない金色の目を煌々と燃やしながら歯噛みする子どもに、ああ、やはりみつるの子どもだと思ったものだ。光忠も自尊心の高い男ではあったが、この気位の高さはおそらく母親譲りだ。
 だからこそ、これほど懐かれたのが廣光には意外であった。逃げ隠れするような性格でもなさそうだが、泣き顔を見られたという事実は彼にとってあまり面白くないことであろうに。彼自身の外向的な性格もあるのだろうが……やはり両親の知人というのは、気になるものなのかもしれない。
 廣光の方はといえば、けして親しみやすい人間ではない。生まれのこともあるだろうが、とにかく無愛想で授業もつまらないと影で囁かれているのを彼は知っている。この学校の教師になってそろそろ五年が経つが、生徒らに好かれたためしは、今のところ一度もなかった。
 つまるところ、この少年との距離感を、彼はつかみそこねている。
「? どうした先生」
「……何でもない」
 思わずしげしげと眺めてしまっていたらしい。軽く頭を振った廣光に、国永は小首を傾げたが、気にしないことにしたらしい。すぐにそうかと頷いた。
「しかしまあ、そうだな。話したことを先生が気にしなくて良いと言うなら、そうしよう」
「……ああ。それでいい」
「だが先生も、不義理だと思わないで良いと思うぜ。わざわざ会えとも言わないが」
 あえて軽く笑ってみせた少年に、廣光は苦い顔をする。
 この少年は本当に、敏すぎた。
「母さんも罪作りだな」
 その声に揶揄する色があれば怒りも出来ただろうに、しみじみと呟くものだから。廣光にはどうすればいいのか、分からない。

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