• 夜明けを願う祝ぎの庭

夜明けを願う祝ぎの庭 2

  • くりつる
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一年生の頃のお話

 一言で魔法使いと言っても、西と東で……というより、西欧諸国とこの国では、その在り方に相当な隔たりがある。中でも一番の違いとして挙げられるのが、魔法使い以外――西ではマグルと呼ばれ、この国では葦人と呼ばれる、魔法を使う素養のない者達との関わり方だった。
 西欧諸国の魔法使いは、マグルの社会から隔絶された世界で生きている。長い歴史の中でマグルから迫害を受け続けてきた魔法族たちは、その力を隠し、時には空間さえ分かち、マグルの目から逃れるように生活しているのが一般的だ。各国の魔法政府機関は、いかに一般のマグルから魔法使いを秘匿するかを考え苦心する。世界の交差を断つためにマグルの技術は忌避され、マグルの作ったあらゆる機器は、使うことこそ許されていても、それらに魔法をかけて使用することは禁じられている、そういう国がほとんどだった。魔法族とマグルは相いれぬもの、そう思っている者達の方が圧倒的に多い。
 一方。この国の祝ぎ者も、葦人たちからその正体を隠している、という点においては、西と同じではあった。が、その様相は随分と異なっている。
「よっと」
 国永は籠の中の洗濯物を洗濯機のなかにつっこんで、右端の電源ボタンをぽちりと押した。そのままスタートボタンを押し、ご、ご、ご、と鈍い音の後に表示されるリットル分量を確認。それに合わせて柔軟剤入りの液体洗剤を計り入れた。蓋をすればデジタル数字が分量から残り時間の表示に切り替わる。三十二分。国永は左腕につけた腕時計で時刻を確認して、目印がわりに籠を置き、洗濯室を後にした。
「無理に分かつから異端に見られるのさ」
 朱雀寮の寮監でもあった細川惟定は、そういってにっこりと微笑んだ。
「葦人と全く違う生活をしていては、目立つのは当たり前だろう? だからここでは、魔術はまったく使えないようになっている。葦人たちと同じように生活するのが、君たちに課せられた最初の勉学だよ」
 炊事・掃除・洗濯。それらすべてを学生達が行うのが、香久槌魔術学院の決まりであった。それぞれの寮には必要な水道・ガス・電化製品がすべて揃えられ、四年生以上の生徒は調理場を、三年生までは共用スペースの掃除を任される。下級生たちは寮の掃除をするだけでなく、上級生に混じって調理場に入り、材料の皮むきや皿洗い、配膳などの手伝いをするのが慣習だ。七年生だけは卒業試験と論文作成のために、それらの当番が免除されている。水はともかくガスや電気はどうやって賄っているのかといえば、ずっと前からこの学校は水道局やガス・電力会社と契約をし、次元を超えたインフラ供給を受けている。入学式の後学内の設備を案内しながら、惟定は「雅さには欠けるが、便利だからね」と、堂々と言い放った。
 この国の祝ぎ者と葦人の互助関係は、歴史の裏で脈々と受け継がれてきたのである。
 国永が手ぶらで洗濯室を出ると、黒い衣服の山を抱えた来原国俊が縁側の角から現れた。
「よおナガ! お前も洗濯かあ?」
「ああ、おはよう。右奥二番目の洗濯機が空いてたぜ」
「おっ、やりい。ちょっと待ってろよ、その辺で時間潰そうぜ」
 この来原家の跡取りと国永は、入学するまえにも何度か顔を合わせたことがある。互いに賑やかな祭りの類を好む気性なのもあり、同じ朱雀寮に振り分けられた二人は以前以上に、永と俊と呼び合う程度には親しくなった。互いに名前が国の字で始まるからという思いつきから始まった呼び名だが。
 ごうん、ごうん、という鈍い音がひとつ増え、それに混じってピ、という電子音が小さく鳴った。ピ、ピ、ピピッという音の後、身軽になった国俊が小走りで隣にやってくる。軽く親指で鼻を擦った時に、デジタル時計の数字が一秒刻みでカウントダウンしているのが見て取れた。うん、雅さには欠けるが、便利だ。近くの木陰で涼みながら終わりを待とうという話しになり、そばの沓脱石に置かれていたつっかけを履いて、カクレミノの木の下に並んでしゃがんだ。
「俊も自分で洗濯してるんだなあ」
「そりゃあ、俺んちはお側付きつける様な家でもねえし。しかし俺からして見りゃあ、永が自分で洗濯機回してる方がよほど意外だぜ」
「まあ、母親の方針でな」
 己の身の周りは己で整える、というのがこの学校のルールだが、名家の中には娘息子と同い歳の子どもを持つ人間を雇い入れ、その家の子を世話係として共に入学させる所も多い。朱雀寮はどうも家柄の良い祝ぎ者が集まりやすいらしく、おぼっちゃまやお嬢様達の代わりに、世話係の子ども達が日々の雑事をこなしているということが珍しくなかった。例えば同じ一年生である左合の次男坊などは、共に入学し玄武寮に振り分けられた煤色の髪の少女にほとんどのことを任せっきりである。そのお側付きがあまりに無愛想で左合相手にも遠慮がないので、学内でも有名になりつつある二人組だった。
 国永や国俊のような者の方が、この寮ではやや珍しい。特に五城安達の国永がお側付きなしで入学したことを不思議がる者は多かった。だからといって何かがあるというわけでもない。国永はそれなりの処世を身につけているし、彼らを不快に思うこともない。ただ、少し違うと感じるだけだ。
 国永の母は旧家の者としてはだいぶ柔軟な感覚の持ち主で、彼女が当主になってから安達の家は五城のなかでもいっとうリベラルな家になったと言われている。彼女はいつも国永に、自由と自律の心を持つようにと――直接的なことばではないが、そういう話を言い聞かせた。
 よその似たような家の子らとは少し違う育て方をされていると、国永がうっすら気がついたのはいつだったか。
「そういやしばらく、永の母ちゃんとは会ってねえなあ。元気にしてるか?」
「ああ、相変わらず元気そうだ。この前手紙を折り鶴にして飛ばしてきたが、がにまたの足がついていた」
「ぶっは! 本当お茶目だなあの人! 今度手紙出す時に、来原の国俊がよろしく言ってたって書いといてくれよな」
「ああ。きっと懐かしがるだろう」
 そのまま暫く他愛もない話をし、国俊の設定したタイマーに急かされるまま洗濯室に連れ立って戻り、各々洗濯物を籠に取り出した。ふと相手の服を見て、国永は小さくふきだした。
「俊は黒とオレンジばかりだな!」
「そういうお前は白一色だろうが!」
 何が可笑しいのかも分からないまま、二人はけらけらと笑いあった。
 
 
 
 夜、寝る前に国永は家宛の手紙を書いた。
 先の手紙への礼、国俊と同じ寮になった話。髪が伸びてますます母に似てきたと口々に言われた。学校は楽しいことばかりだが、魔法薬学の授業は少々つまらん。週に一度だけ寮監が手がけるおかずがやたらと美味い。そんなありふれた話題を書き連ね、体に気をつけてという挨拶でしめくくり、筆を置く。ポストに投函するのは明日でいいだろう。急ぐような手紙じゃない。
 机の上を片付け、寝間着に着替えた国永は同室者に一声かけて、予め敷いておいた己の布団に潜り込む。手紙に国俊のことを書いたからだろう、数日前の朝、洗濯が終わるのを待ちながら交わした会話を国永は思い出していた。
 あの国俊ですら家に縛られている。五城安達の国永に、母によろしくと言ってくる。それを嫌だとは思わなかった。ただ、微かに優越を抱いていたのは確かだった。
 俺はどこにでも行けるし、どこに行っても平気だと。国永はそう思い込んでいた。

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