• 夜明けを願う祝ぎの庭

夜明けを願う祝ぎの庭 2

  • 不仲な男士有
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読了目安時間:27分

なんでもありのハリポタパロ第二話。日本の魔法学校にはふしぎがいっぱい。

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 目の前に置かれているのは琺瑯鍋である。
 コンロつきの簡易キッチンを思わせる机の上に、水を張った鍋がひとつ。隣の天板には卵がふたつ。朱雀寮第一学年、計二十二名全員に、琺瑯鍋と卵がふたつずつ用意されている。はじめのころは家庭科の授業かと思ったものだが、三回目ともなればもう慣れた。
 魔法薬学の授業であるはずだった。
 ひとりひとつずつコンロが用意されているのは魔法薬をつくるためのはずだし、その材料は角をもつ蛞蝓やら山羊の胃から取り出す石やら、そういうものであるはずだった。少なくとも教科書として指定された洋書の訳本にはそう書かれている。
「すぐに薬を作ることが出来ると、思わないことだな」
 記念すべき魔法薬学第一回目の授業で、担当教諭である伊達廣光は自己紹介もなおざりに、そう生徒たちに言い放った。そして生徒たちにさせていることといえば、ゆでたまごの作成と実食、そして余ったほんのわずかな時間で、基本のきとしか思えない、ともすれば家で親に教えられていてもおかしくないような話を聞かせる、本当にそれだけだった。そして今日も用意されているのは生卵である。
 またか、と言いたげな気配を隠さない生徒達を前にしても、廣光はまったく気にする様子もなく、ただ一声、始めろと言って教卓の横の椅子に座り込む。袴姿の多い生徒達と違い、廣光は洋装に身を包んでいる。まだ残暑も厳しいというのに、シャツの上から長袖のジャケットを着込んでいて暑苦しい。当然、国永があの日に見た左腕の龍も袖の下に隠れてしまっている。実は手首からちらりと尾の先が見えることを国永は知っていたが、誰も気がついていないようだった。
 香久槌へ来たその日、国永と会った時の彼は鈍色の着物に黒い武道袴を纏い、手には太刀を握っていた。しかしそんな彼の姿を見た者は国永の他にはいないらしい。それとなく寮の先輩や同級生の噂話を辿ってみても、彼が和服を着ているという話も、太刀を持って歩いてたという話もついぞ聞かない。
 あの日以来、廣光が国永に対してなにか特別な反応を示したことも一度もなかった。距離を置かれている訳ではない。ただ、たとえどんなに国永が視線で訴えかけたとしても、ただ他の生徒達を相手にする時と等しく、鋭い眼光でこちらの目を見て、必要なだけの話をする。それだけだ。袖口と黒い手袋の間からちろちろと覗く龍の尾がなかったら、あの日のことは夢か幻かと思ってしまいそうだった。
「いつまで続くんだろうな、この調理実習」
 たすきをかけながら隣の国俊が小さくぼやく。これでも国俊はまだマシな部類で、誰もがこの代わり映えのしない授業に、だれできているのは明らかだった。どうしてこんなことを毎週続けてやらねばならないのかと、わざと聞こえる声で言う者さえいる。それでも素知らぬ顔ができる廣光に、いっそ天晴だと国永は内心舌を巻いていた。さがない噂話から、伊達廣光が葦人の親から生まれた混血児であることを彼は知っていた。あわい者と称される彼らは、その生まれ故に祝ぎ者の社会ではほとんど後ろ盾を持たない存在である。西ほどではないのだろうが、あわい者を他の祝ぎ者よりも格下に見る風潮というのはやはり存在していて、特に良家出身の者達はそういう傾向が強く見られる。そして朱雀寮というのは、そんな家の人間が固まっている寮なのだ。PTAを気にして生徒に強く出られない、寧ろ親にすりよるために子どもに良くする、なんていうのは葦人の学校に限った話ではないらしく、他の授業の教師の中には分かりやすく朱雀寮の生徒を可愛がる者も多かった。しかしこの、あわい者であるところの魔法薬学担当教諭は、相手の親や家を念頭に態度を改める、なんて考えは全く持ちあわせていないようだった。
 こういう所を母は好んだのだろうな、と国永は思う。母は手を揉み擦り寄ってくるような輩を相手にすると、表面上は笑顔で迎え入れても、実際には全く話を取り合おうとせず、軽くいなして追い払う。ああいう手合は、よほどのキレ者か出来た人間じゃなきゃあ、話をする気に中々なれんな。笑いながら母がそう言うのを国永は聞いたことがある。
 廣光が母と親しかったと、国永は疑っていない。一体どこで二人は出会ったのだろうとぼんやり考える。
「……手が止まっているぞ、安達」
「っ、すみません!」
 たすきがけをしたところで止まっていた国永は、慌てて鍋に火をかけた。隣で小さく笑った国俊を軽く睨んでやってから、ひとつ溜息をつき、湯が沸くのを待ちながらもう一度、廣光の方をちらりと窺う。しかしもう彼の視線は、他の生徒の方に向いていた。
 
 
 
 魔法薬学の授業が終わると、生徒達は解放感に包まれる。
 国永もそれは例外ではなく、大きく伸びをしてから国俊と連れ立って魔法薬学教室を後にする。他の者よりはだいぶ廣光という教師に対して好意的な目をを向けていると国永自身思っているが、それでもやはりゆでたまごを作るだけの授業はつまらない。もっと驚きに満ち溢れた授業になると思っていたのに、そんなことを言うと「またそれかよ」と国俊は言うが、彼も同じようなことを思っているのは明白だった。なにせ派手なことが好きなやつだ、もっと魔法使いらしい効果のある薬を作るものだと想像して期待していたに違いない。
「いつになったらゆでたまごから次に進むのかねえ……」
「さてなあ。次は目玉焼きかもしれないぞ?」
「不吉なこと言うなよ永……卵嫌いになったらどうしてくれんだ……」
「いちにちふたつくらい、あなたたちのわかさならどうってことありませんよ!」
「おわっ!?」
 上方から突然降ってきた声に、国俊がびくりと肩を跳ねさせる。軒のうえからにょきっと上体だけ逆さまに降ろした少年が、赤い瞳でふたりを見ていた。
「どーだ、おどろいたかー!」
「驚いた驚いた。いまの・・・じゃないか」
「むう。そんなことをいって、国永はぜんぜんおどろいていませんね?」
 ぷくりと頬をふくらませた天狗姿の少年は、そのままふわりと重力を無視した動きで縁側に降り立った。いまのと名乗るこの少年は、香久槌に住み着いている座敷童のひとりである。本当の名ではないだろうが、真名を他人に教えないのは人も妖も同じである。この学校にはいまのの他にも結構な数の座敷童が住み着いていて、それぞれの棟を守っているのだという。傍目には楽しげに校内を飛び跳ね遊びまわっているようにしか見えないのだが。
「国永と国俊のふたりは、まほうやくがくがきらいなんですか?」
「嫌いっていうかよぉ……」
「薬らしい薬をまだ作っていないからな。これじゃあ好きか嫌いかの判別もつかないってもんさ」
「ふっふー。ふたりともきがついていないんですね? 廣光はしっかり、まほうやくのつくりかたをおしえているんですよ」
「はあ?」
「よもつへぐいをしっていますか? ふたりとも」
 音もなく一本下駄で床を蹴り、ふわりと舞い上がりながらいまのが笑う。ふたりは座敷童のことばに足を止めて、宙に座った彼を見た。
「いざなぎさまはよもつくにのものをたべ、よみのものとなりました。いのちをうばいたべるかわりに、そのいのちにからだのうちからしはいされるのが、ずっとかわらぬよのことわりです。りょうりをするということは、まほうやくをつくることとおんなじなんですよ」
 おろそかにしてはいけませんよ、と笑いながらいまのは空気に溶けるように消えてしまった。二人は顔を見合わせ、考える。
「……つまり、なんだあ? 俺たちは基礎の基礎から教えられてる真っ最中、ってことか?」
「まあ、いまのの言葉から考えりゃあ、そういうことになるなあ」
「……ゆでたまごの出来も、評価基準か……?」
「……どうだろうな……」
 そんなことを話しているうちに、国俊の腕時計からアラームが鳴る。
「やっべ、あと三分で授業始まる!」
「おっと、それじゃあ急ぐか俊!」
「おう!」
 教師の気配がないのを確認してふたりはばたばたと縁側を駆け出した。くすくすと座敷童たちの笑い声だけが聞こえてくるが、かまっている暇はない。
 なんとか教室に滑り込んだ頃には、ふたりとも肩で息をし、額からだらだらと汗を流していた。
「ああ、まったく、暑いな!」
「永は見るからに暑っ苦しいからなあ、その髪!」
「冬は温かいんだがなあ」
 ひとつに束ねあげた長い髪を掌で軽く叩きながら、国永はからからと笑った。

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