• 単発もの小説

猿投山渦は悔いている

  • キルラキル
  • 猿流
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キルラキルの猿流。キルラキルの推し猿投山渦に対する解釈開示小説ともいう……。猿投山はかっこいいと信じて疑っていない人間が書いています。

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(2)武人にまつわる話

 猿投山渦は、皐月が母を討つべくして集めた同志のうちの一人だった。
 幼い頃より彼女の目的を知り共に在る蛇崩乃音。中学にて主従の誓いを交わした蟇郡苛。不正アクセスの露見をきっかけに契約を結んだ犬牟田宝火。彼ら三人に続く四人目の四天王として迎え入れた、乃音曰く『北関東の山猿』である。北関東番長連合なるグループの総代として君臨していた猿投山は、皐月との戦いに敗れ傘下にくだった。
 猿投山は強き者を尊び、戦いを求める、ある種武人のような男だった。粗野な振る舞いや傲りのために『戦闘狂』と呼ばれることの多かった彼だが、本質は武人のそれであると皐月は思っている。彼は皐月と再び戦うことを望んでいたが、同時に蟇郡に勝るとも劣らぬ忠誠心を皐月に対して抱いていたのも事実だった。
 流子と戦い、敗れ、再度挑んだ後の彼は、いよいよ武人めいていた。己の武器ともいえる両目の瞼を生命戦維で縫い合わせ、光を手放した代わりに鋭敏な感覚を以て世界を捉えるに至った男。荒削りだった彼の所作はどこか洗練されたものへと変わり、「都会の男を気取っているんだろうね」と犬牟田が影で笑っていた立ち振舞いも鳴りを潜めた。「天然入っちゃった猿くんはやりずらいわあ」と乃音は不満そうにしていたが、皐月にはむしろ好ましい変化だった。
 皐月と猿投山との関係が少し変わったのもこの頃だった。四天王猿投山渦の変化を気づいた者は多かったが、皐月との関係にまでそれが及んでいると感じていた者はほとんどいなかっただろう。唯一勘付いた乃音はあからさまに突っ掛かっていたが、彼女以外にそれを悟っていた者は皐月の知る限りではいなかった。ふたりの関係が変わったことを、皐月と猿投山のみがはっきりと了承していた。決定的なやりとりがあったわけではなかったが。
 猿投山は、皐月に対する再戦の望みを捨てていた。
 捨てるというのも語弊がある。おそらく猿投山が自らの意思で手放したというより、気づく間もなく消え失せていたのだろう。皐月以上に戦うことを望む相手を見つけたがために。おそらく彼が懐に忍ばせていた皐月への思いは、あの日を境に赤く塗りつぶされてしまったのだ。
 猿投山は流子に執着した。
 熱に浮かされるような激しさはなかった。目を縫い合わせてからの猿投山はほとんど取り乱すということがなかった。それでも猿投山は、おそらく人が見れば病的と映るほどに、纏流子と決着をつけることを望んでいたのだ。その執着心を正確に把握していたのも、きっと皐月ひとりだけだった。
 満艦飾が欲に溺れ、流子を巻き込み暴走をしはじめた時、真っ先にそれを止めようとしたのは猿投山だった。あの時の猿投山が、忠義よりも怖れ故に動こうとしていたことを、皐月は知っている。
 俺の目を奪い、世界を与えてくれた女。そう呼ぶ娘の魂が、友の狂気に引きずられて萎むことを。猿投山は怖れていたのだ。
「お前も難儀な相手を追い求める」
 いつか二人きりになった時に、皐月は彼にそう言った。すると彼は戸惑うでもなくため息をこぼして、「俺自身そう思いますよ」と返したのだった。父を殺した女を探すべく皐月たちの学園に乗り込んできた、強かなくせにどこか危なっかしい少女。今思えば流子の強さと、その裏側に隠されたひどく柔らかな部分を、誰よりも早く見つけ出したのが猿投山だったのだろう。
 皐月への執着を失った猿投山はある意味、皐月と対等な存在となっていた。皐月と、皐月の抱く大願の外に己の望みを置き、そのために彼は立っていた。
 そしてその上で彼は忠義を貫く。だから皐月と猿投山の関係は、他の四天王と比べ異質だった。主従の関係にありながら、猿投山渦は鬼龍院皐月と並び立つ存在だった。皐月のとなりを熱望する乃音が腹を立てるのも無理はない。
 そんな猿投山のことだから、流子に戦いを挑むというのも分からない話ではなかった。

「が、違和感を覚えるのは何故だろうな? 猿投山」
「……今日呼び出したのはそれが理由ですか」
 カラオケルームで他の四天王と皐月の視線を浴びながら、猿投山は甘い造りの顔をしかめて唸る。
 大学生になってからは、四天王の面々と集まるのは専らカラオケルームでとなっていた。たまに男連中が歌うこともあるが、それは主なる目的ではない。単純に人避けだった。彼らの経験と関係が一般的な高校生の思い出からかなりかけ離れていることを、此処にいる者すべてが理解していた。会話の様子といい内容といい、とにかく目立って仕方がないのだ。数人で集まるだけならどうにかなるが、五人揃うと訳が違う。というわけで、皐月の通う大学の側にあるカラオケ屋のフリータイムは、彼らの会合に重宝された。余談だがそれぞれ別の大学の学生証を提示する異様な集まりが、カラオケ屋の店員たちの間で有名になりつつあることなどは、彼らの預かり知らぬ話である。
「満艦飾も話していたぞ。纏の携帯に猿投山からよく連絡が入っているらしい、とか何とか」
「お前らが上手く行ってるみたいで何よりだよ」
「誤魔化すな!」
 満艦飾と交際を始めた蟇郡は、そのことについて触れられると顔を赤くして怒鳴る。たかだかこの程度の話で照れているのだから、内心微笑ましくて仕方がない。
 しかし猿投山の態度はやはり気にかかる。明らかに彼は、この話題を嫌がっている。
「なんだ猿投山、戦いが終わったっていうのにキミまだそんなこと言ってたんだ。本当に戦闘バカだよね」
「……纏とはまだ決着をつけてない」
「あっきれたー。ほんと山猿さんの考えることって分かんないわあ」
 ふたりの言葉にも動じた様子はない。猿投山は必要以上を語ろうとせず、最後の戦いの日に糸を抜き光を取り戻した両目もそらしたまま、誰とも目を合わせなかった。
 ならば皐月から話す他あるまい。
「……初めはラーメン屋」
「、皐月様」
「次はゲームセンターで、その次は雑貨屋と言っていたか。私とてお前の気性は知っている。本当に流子に戦いを挑んでいるだけならさして気に留めなかったが、聞いていると少々引っ掛かってな。学校帰りの流子を捕まえてはふたりで出掛けているそうじゃないか、猿投山」
「……、纏と、仲がよろしいようで何よりですよ……」
「当然だ」
 横で「皐月様がドヤ顔してるよ……」と声が上がったが、皐月も猿投山も特に気にしなかった。猿投山は緑の黒髪と言うには少々彩度の高い、まさに緑の髪をかきながら、ため息をついた。
「……ていうか猿くん、あんた流子チャン好きな訳? レンアイ的な意味で?」
「だったら何だよ」
 皐月以外の三人が目を丸くして固まった。恐らく三人は皐月の話を聞くまで、猿投山が流子を好いているなどと思ってもみなかったのだろう。しかも猿投山がそれをあっさりと肯定したものだから、まともに反応を返すことができなくなったとみえる。
 皐月は猿投山の執着を知り、その執着に色と熱が含まれていることも知っていた。しかしだからこそ、彼の言動がどこか不自然に思えるのだ。
 彼の流子に対する恋慕の核には、間違いなく流子との再戦を望む気持ちがあるはずだった。彼の本質と流子との決着にこだわりはじめたいきさつを思えば、それは当然のことであるはずなのに、彼の行動はどこかちぐはぐだ。戦えと言いながら、戦う気がないように見える。彼をよく理解する皐月にはそれが不思議で仕方がなかった。
 人が思う以上に猿投山渦という男は、自身の戦いに誠実だ。他人の戦いに関しては身内贔屓がすぎることもままあるが、己が臨む戦いとなれば誰よりも真摯に相手と対峙する。一度瞼を縫い付けてからはなおのことで、そんな彼が女性に声をかける口実として戦いを挙げるのは、なにかおかしい気がするのだ。
「……猿くんって本当わっかんない。てゆーか、好きな女の子誘うのに『戦え』はないと思うんだけどォ」
「そういうつもりで言ってる訳じゃねえ」
「はあ?」
「……キミ、纏流子のこと好きなんだよね?」
「だからそれが?」
「それが、じゃないよ。キミの言葉通りに取ると、キミは好きな女子に自分と戦えと吹っ掛けておいて、実際はデートまがいのことをやってるけど、誘ってる訳じゃない。どういう理屈で動いたらそういう話になるんだい?」
「デートじゃないとか色々言いたいことはあるが、まあいい。その通りだからそう言うしかねえだろうが」
「……男女ふたりで出かけるのは、デートと思われても仕方がないと思うぞ猿投山」
「そう見られようと違うもんは違うんだから他に言いようがない」
 各々のタイミングで硬直から帰ってきた他の四天王たちに、猿投山は依然として顔をしかめたままいちいち言葉を返している。四天王は誰も納得していなかったが、猿投山は嘘をついている訳ではなさそうだった。
「流子に、想いを告げるつもりがないのか」
 皐月が問うと、騒がしかった三人が再び黙りこむ。当の本人だけが変わらない様子で、一度長息をついてから、真面目な顔つきで皐月と視線を合わせた。
「ありません」
「それは流子が私の妹だからか?」
「いいえ、違います。これは俺個人の問題です」
「……なるほど。ここで話す気はなさそうだな。今回は見逃してやろう。代わりに満艦飾のメールに書いてあった蟇郡の趣味についてでも話し合うとしようか」
「皐月様!?」
 突然話を振られ青くなったり赤くなったりと忙しい蟇郡の横で、猿投山がひっそりと、皐月に向かって緑色の頭を下げる。今回だけだと皐月が胸の内で思っている間に、話題はすっかり変わってしまった。

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