• 単発もの小説

黄泉竈に愛を込めて

  • 燭鶴
  • BL
  • 刀剣乱舞
読了目安時間:10分

とある本丸に顕現した鶴丸国永にご飯を食べてほしいなあと思っている燭台切光忠のお話。

 顕現すると同時に、知識は与えられている。
 何故己がここに降り立ったのか、誰もが皆知っていた。過去へと遡り、歴史の流れを変えんと目論む者達と戦うために、彼等は呼ばれた。己の現身をふるうために、人によく似た血肉をまとう。彼等を笑顔で迎えた男は審神者と呼ばれる、新たな主だ。
 燭台切光忠は、その本丸で一番最初の太刀だった。彼が顕現した時、本丸には政府が用意した打刀の蜂須賀虎徹と、いくらかの短刀たちがいるのみだった。燭台切は即戦力として重宝され、以来ずっと第一部隊の隊員として前線に立っている。練度も本丸の中では高い方で、演練でもまず隊長だと思われるのは燭台切だった。実際は近侍の前田藤四郎が隊長を務めているのだが。
 彼にはある意味、部隊の隊長よりも、近侍よりも重要な仕事を与えられている。
 即ち、厨の番である。
 勝手場は戦場だ。現在この本丸に顕現している刀剣は十六口。主も合わせて十七名分の食事の用意となると、それはもう大仕事になる。他の本丸には四十を超える刀があるところもあると聞いて、今から燭台切は目眩を覚えている。米ひとつを取っても、一食でひとり半合、四十人で二十合。ぶっちゃけ半合でたりる訳がない、戦う男の食事量を考えてくれ。人の体を得て初めて知った空腹は成程、度を過ぎれば人の子らが戦や争いを起こすのも致し方無いと思える不便な仕組みだった。
 元の主が料理を嗜んでいたためか、燭台切は顕現したその時から料理の知識を持っていた。それを知った審神者や先に顕現していた刀たちは両手を上げて喜び、以来、彼は刀が増えてきた今もなお、本丸の食事を取り仕切っている。手伝いをしてくれる刀はだいぶ増えたが、ここの本丸の料理番は誰かと問われれば、全員、燭台切の名を挙げるだろう。
 厨の主と化した長船光忠が一振りの、目下の悩みはとある刀のことだった。
 その刀を、鶴丸国永という。
 燭台切光忠、和泉守兼定に続いて本丸にやってきたその白い太刀は、顕現してから一切、ものを口にしていない。
 短刀たちなどが心配して何かを食べさせようとしても、彼は苦笑いでそれを断るのだ。俺には必要ない、腹が減らないんだと言って手をつけない。空腹を知る者達は信じられないという顔で、半ば無理矢理食事を取らせ、結果、鶴丸はそれを吐き出した。
「こりゃ参った。どうにも受け付けないようだ」
 肩で息をしながら、それでもどうにか笑おうとしながら答える鶴丸に、今度こそ他の者達は何も言えなくなった。それからというものの、食事時になると鶴丸はするりと皆のそばから消えるようになり、それを咎める者もいなくなった。
「本当に食べなくていいの? 鶴丸さん」
 時折燭台切がやんわりと尋ねても、彼はからからと笑うばかりだ。「ご覧の通り、ピンピンしてるぜ。今日も首を取ってきたばかりだしな」
「お腹すいたりしないんだ」
「しないんだなあ、これが」
 何度聞いてもそんな風だったから、そういうものかと燭台切も思っていた。のだけれど。

「久しいな、大倶利伽羅」
 審神者が新たに呼び降ろした刀に、真っ先に声をかけたのは鶴丸だった。近侍の前田が目を丸くする。
「お知り合いでしたか」
「ああ。伊達の家で長く共に過ごしたからな」
「え? 伊達家にいらっしゃったのですか? それなら光忠さんとも……」
「いや、光忠はもう水戸に移った後だった。噂はちらっと聞いちゃあいたが、会ったのはここでが初めてだ」
「成程、そうでしたか。しかし鶴丸さんが伊達にいたなんて、ちっとも知りませんでした。光忠さんが聞いたら驚くかもしれませんね」
「……前田といったか」
「! はい」
「悪いが、鶴丸と話がしたい」
 それだけで察した前田は、ぴんと背筋を正して「わかりました」と口にした。「僕は刀装部屋の方におります。また後でお声をかけてください。共に主君の元へ行きましょう」
 そう言って前田はぱたぱたと渡殿をかけていく。
「……これはどういうことだ」
「俺も全部知ってる訳じゃないぜ、坊。判ることもいくらかはあるが。まあ、歩きながら話そうか……」

 鶴丸国永が食事をとるようになった。
 しかし、「大倶利伽羅が作った食事に限り」という但し書きがつく。そのことが知れたのはとある夜、厠に行こうと部屋を出た乱藤四郎が、勝手場の灯りがともっていることに気がついたのが切欠だった。大倶利伽羅は深夜、無人の勝手場に入って食事をこしらえ、誰にもいわずにそれを鶴丸に与えていたのだ。
「偏食がすぎるんだ」
 皆に問いつめられた大倶利伽羅は、淡々とそう口にした。
「わざわざ料理番に手間をかけされるようなものじゃない。こいつの食事は俺が適当に用意する」
 誰も納得したわけではなかったが、相変わらず鶴丸は他の食事を口にしなかったし、大倶利伽羅の食事も三日に一度とるかとらないかという有様だった。ふたりがそういうのならそうしよう、審神者はそう言って大倶利伽羅に鶴丸の食事を任せた。
 それが燭台切には、つまらない。
「食べてくれないかなあ、鶴丸さん」
 燭台切の呟きに、やれやれというふうに肩を竦めたのは、横で大根の皮を向いていた歌仙兼定だ。
「またそれかい、燭台切」
「ううん。だって、なんだか悔しくて。僕の料理おいしくないのかなーって」
「安心したまえよ、君の料理がおいしいのは皆知っているさ」
「うーん、有難う。でも鶴丸さん、大倶利伽羅の作ったものしか食べないんだもんなあ」
「……まあ、そうだねえ」
「食べてくれると嬉しいんだけどなあ」
 しかし燭台切が願ったところで、食事時に彼が現れることはけしてないのだ。

「鶴丸さん!」
 濡れ縁に座っていた鶴丸に声をかけたのは、秋田藤四郎だった。
「よう、秋田。遠征から戻ったのかい、おつかれさん」
「有難うございます。……あの、これ」
「ん?」
「遠征先の山に生っていたんです」
「おお、胡頽子の実か! ずいぶんたくさん採れたなあ」
「はい。……それで、あの、鶴丸さんに、どうだろうって僕思って。その……良かったら後で、食べてください」
 秋田はおずおずと、赤く熟れた胡頽子の実を、それを包んだ白い布ごと差し出そうとした。しばらく無言でそれを見下ろしていた鶴丸は、ふ、と笑んで、秋田の頭を細い指先で掬うようにやさしく撫でる。
「こんなにたくさん、大変だったろう。わざわざ採ってきてくれて有難うな」
「いえ、そんな」
「折角だが、こんなにあるんじゃどのみち余らせちまう。夕餉の後にでも俺の部屋に来てくれないか? 一緒に食べよう」
「!」
「おっと、他の兄弟たちには内緒だぜ?」
「はい、みんなには、ひみつですね! 有難うございます……約束ですよ!」
 不安げな表情から一転、明るい笑みをかんばせに乗せて、秋田はずい、と鶴丸に包みを差し出す。鶴丸も笑顔でそれをしかと受け取った。
「それじゃあ、俺は見つかる前にこれを部屋に隠しに行こう。秋田もそろそろ戻るといい。直接こっちに来てくれたんだろう? 心配性の兄貴が騒がしくなるぜ」
「ふふ、そうですね! それじゃあ、また夜に!」
 にこにこと頬を緩ませたまま、音もなく秋田が駆けてゆく。
 ――それを見かけたのは、偶然だ。
 燭台切は初めて、気がついた。鶴丸国永は、大倶利伽羅のつくるものだけを食べているのではなく。燭台切のつくったものを、食べないのだ。

「なんで鶴丸さんは、僕の料理を食べてくれないのかな」
 彼等はふたりきりで、橋の上に立っていた。
 紫黒の空に星が浮かび、水辺には蛍が舞う。闇のなかに光をちりばめたような夜だった。本丸は三日月宗近の顕現を祝う酒宴の真っ只中で、ふたりの他に庭に出ているものはいなかった。とはいえ室内の喧騒は外にも十分漏れ聞こえているから、けして静かではなかったのだけれど。それでも彼等はふたりきりで立っていて。彼等の話を聞くものは、他にいなかった。
「それがそんなに気になるのかい?」
「だって、秋田くんからのお土産は一緒に食べたんでしょう? 鶴丸さん」
「……ああ、あの時見ていたのは君か。誰かいるとは思っちゃいたが」
 指先で頬をかるく掻きながら、つまらなさそうに鶴丸は視線をそらした。ここで引いたらきっと、ずっと聞けないままなのだろうと燭台切にも分かったから。彼は遠慮なしに言葉を続ける。
「大倶利伽羅とは馴染みだって聞いてたし、彼から受け取ったものしか食べないっていうなら、まだ納得できたんだけど。よくよく見てたら、他の子たちも結構、鶴丸さんに色々渡してるみたいだしね。僕のごはんだけ食べてもらえないなんて、なんだか悔しいじゃないか」
「……やれやれ、君は敏いんだか鈍いんだか、よくわからないなあ」
 わざとらしく肩を竦めてみせた鶴丸は、ひとつ溜息をついてから、視線は合わせぬまま口を開いた。
「別に君の作るものだから食べないんじゃないぜ。……この本丸でできたものをな、食べないようにしているだけだ」
「食べられない、わけじゃないんだね」
「食べようと思えば食べられるだろうが、あまり食べたくはない代物だな。大倶利伽羅は出陣や遠征の合間に、食べられそうなものを採って作ってくれてるのさ。あいつもマメな男だよ」
 成程、数日おきにしか食事をとっていなかったのは、材料が揃えられなかったというのもあるのだろう。大倶利伽羅はまだ練度が低く、毎日本丸の外に出るわけではない。
「でもなんで本丸のものを食べたくないの?」
「そこまでは教えてやれないな。それに、君には関係ないだろう?」
「その言い方はちょっと傷つくなあ」
「面白いことを言うなあ。だって君、別段俺に食べてほしい訳じゃないだろう?」
 言いながら、彼は笑った。
「大倶利伽羅はわざわざ材料を揃えてまで、俺に食べろと言ってきた。他の子らも、俺が何だったら食べるのか、考えて用意してくれた。しかし君、君は俺のために何かしてくれたのかい? 俺は君から食べないのと聞かれたことはあるが、食べてくれとは一度も言われたことはないぜ」
 星と蛍を背に、白い付喪神はにたりと笑う。
「君はただ、自分の料理を食べてもらえないのが気に食わないだけだろう?」
 まるで子どもだと、彼は笑って。その次の日に、彼は折れた。

「よっ。鶴丸国永だ。俺みたいなのが来て驚いたか?」
 二振り目の鶴丸国永を前に、燭台切はにこりと笑った。
「ああ、すごく驚いたよ」
「おいおい、そんなふうには見えないぜ? 食えない奴だなあ!」
 楽しげに笑う鶴丸は、前よりもいくらか気さくなようであった。よろしくね、と挨拶をしながら彼は考える。こんどは間違えないようにしなくっちゃ。
「そうだ、今日は歓迎会をしよう」
「お?」
「他の人たちが来た時にもやってるんだ。お酒や料理をたくさん用意してね、みんなでわいわいやるの、楽しいよ」
「驚いた、刀がものを食べるのか!」
「そうだよ。もちろん料理だってするさ」
「もしかして君がつくるのか?」
「ああ。他の子たちも手伝ってくれるけどね」
「へえ、そりゃあいい。楽しみにしておこう!」
 上機嫌な鶴丸の後ろで、彼もにこにこと笑っていた。
「オーケー、任せてくれ」

 君にはいっぱい、食べてもらわなくちゃいけないからね。


ページ上部へ移動