• 単発もの小説

猿投山渦は悔いている

  • キルラキル
  • 猿流
読了目安時間:24分

キルラキルの猿流。キルラキルの推し猿投山渦に対する解釈開示小説ともいう……。猿投山はかっこいいと信じて疑っていない人間が書いています。

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(3)緑にまつわる話

「皐月くんがうちに来るのは初めてだね。ああ、紅茶は冷めないうちにどうぞ」
 黄長瀬が淹れた紅茶をまるで自分が用意したような素振りで皐月に出しながら、美木杉は柔らかく微笑んだ。本能字学園で教師をしていたころとは違い、美木杉はその秀麗眉目な容貌を惜しげもなくさらけ出している。「出すのは顔だけにしてほしい」と流子が呆れ顔で愚痴を言っていたが、なるほど服を脱がなければ確かに人を惹き付ける男だろう。
 黄長瀬はシステムキッチンに立ち、美木杉と皐月のことを気にかけながらポットやヤカンの後片付けをしている。それだけで彼が日常的に家事をこなしていることが見てとれた。
 以前直談判に押し掛けた時には、ふたりはまだ反制服組織ヌーディスト・ビーチが隠れ家として用意していた、小さな安アパートを寝床にしていた。流子と三人で生活するために、このマンションを探したのだと聞いている。
 流子は大事にされているのだな、と皐月は思った。彼らは愛煙家のはずだが、部屋から煙草のにおいはしなかった。
「流子がお世話になっています。以前は不躾に押し掛けて失礼しました」
「いいよいいよ。妹の心配をするのは当たり前さ。それにむしろ、お世話になってるのはこちらの方だからね」
「あんたが世話になりすぎなんだよ。……まあ、纏はよく動くし助かっている。気にするな」
「お気遣い有り難うございます」
 頭を下げると少しばかり会話に間があいた。
「……やっぱり君に頭を下げられるのは、なかなか慣れないねえ」
「髪を切った分、軽くなったんでしょうね。頭を下げやすくなりました」
「あの皐月お嬢様が冗談まで言うようになるとはな」
「ははは、短い髪もよく似合ってるよ。……さて、流子くんが居ない時間に合わせてくるなんて、今日はどういうご用件かな」
 流子はまだ学校にいる時間だ。平日の昼間でも時間がつくれるのが大学生の強みだ。
 アッサムティーを一口飲んでから、皐月は美木杉を見つめて、訊ねる。
「単刀直入にうかがいます。おふたりの所に猿投山が来ませんでしたか」
「……何でそう思ったんだい?」
「勘です」
「勘かよ!」
 即答した皐月に黄長瀬が突っ込み、美木杉はぷっと吹き出した。これは当りだな、と皐月は察する。
「あっは、やはり女の子の勘は侮れないね。……来たよ、猿投山くん。君があのアパートに来る、ほんの数日前にね」
「その時に猿投山が話したことをお教えいただけませんか」
「なんでそれを聞きたがる」
「猿投山の様子が、どうしても気になります。彼は私が巻き込んだ人間のひとりです。勝手な話ですが、もし何かあるのなら知りたい」
「……なるほどね」
 ふう、とわざとらしく息をついた美木杉は、穏やかな、しかしどこかやるせなさそうな微笑みを浮かべて、話を始めた。
「理由はきっと君とおんなじで、流子くんのことが心配だったんだろうね。ただ、彼は抗議にきた訳じゃなかった。――君がお母さんに囚われていた時の、流子くんの話は聞いているかい?」
「……大まかな流れだけなら聞いています」
「そうか。……あの時の彼女は見ていて痛々しかったよ」
 己が生命戦維と融合した人間であること。死んだ父の本当の目的。すぺてを知った流子は怒りと悲しみに飲まれたまま、母の明らかな罠に自ら応じて、単身彼女の元へ向かったのだという。彼女の『一張羅』にして唯一無二の相棒である生きた衣――神衣鮮血さえも置き去りにして。
「あんなに傷ついた彼女を、誰も見たことがなかった。満艦飾くんでさえ、どう声をかければいいのか分からなかったんだ。僕らに何か言える筈がなかった。……だけど彼は、その時のことを聞いてきたんだ」

 あんたらは止められなかったのか? それとも、止めなかったのか?
 もしも纏を戦わせるために止めなかったのならば、俺はあんたらを認めない。

「正直面食らったよ。どうすればあの場で彼女を止められたのか、後になって考えても思い浮かばないくらいだったんだ。だから思わず聞き返した。あそこで彼女を止められる人間なんていなかっただろうってね」
 それを聞いた猿投山は、しばらく沈黙した後、口を開いた。

『俺は、多分。止められたんだ』

『多分あいつが、纏が一番欲しがっていた言葉を、少なくとも俺だけは分かっていた。だけど俺は言わなかった。……言わなかったんだ』

『俺が言えた立場じゃないのは分かってる。だけどあんたらがもしそうだったなら、俺はあんたらを認められない……でも、もういい。分かった。違うんならそれでいい』

「纏を頼む、と頭を下げられたよ。……そんなことを言われて、彼女に手を出せる訳がないじゃないか。僕らは彼女の望む言葉なんて思いつきもしなかったし……彼に言われるまで、彼女を疑うことなく戦力として数えていた自分に、気がついてすらいなかったんだ。僕らに彼女をどうこうする資格なんてないよ」
「……猿投山はどんな言葉を飲み込んだのでしょう」
「もちろん僕も気になったからね。あの手この手でしつこく聞いてみたら、渋々といった感じで教えてくれたよ。……詳しくは彼に直接聞いた方がいいかもしれない。だけど断言していい。彼は正しく、流子くんの望んだ言葉を理解していた」
「何故そう言い切れるのですか」
 皐月の問いに答えたのは黄長瀬の方だった。

「前に纏が、あの神衣に言った言葉とおんなじだったからだよ」

 纏が叫んだんですよ。仲間殺しの道具は鮮血じゃない、私の方だったんだって。そんなことを泣きながら言ったんです。分からない訳がないじゃないですか。
 あいつはもう戦いたくなかったんだ。自分が生命戦維の化け物かどうかなんて――ああ、俺はそう思っちゃいませんよ。あの時纏が自分でそう言ったんです。纏はあの時、今までの自分は紛い物で、本来の姿は仲間殺しのために用意された化け物なんだと、すっかり信じこんでいました。だからもう、ヒトかどうかなんて話は、あの時のあいつにとっては覆ることのない話だったんです。自分が化け物だと、父親が母親に対抗するために用意した道具として戦わされていたんだと思って、ただただ、戦うのがもう嫌になってたんだと俺は思います。
 だから、もうお前は戦わなくていい、仲間殺しなんかしなくていいと。誰かがそう言ったなら、きっとあいつは立ち止まれたんです。
 誰ひとり、纏にそう言ってやる奴はいませんでした。ヌーディスト・ビーチの奴らは敢えて言わないでいるんじゃないかと、勘繰りもしましたけどそうじゃないらしい。……あの場で多分俺だけが、纏を止められたかもしれないんです。
 俺は止めなかった。
 躊躇った訳じゃない。止めたくなかったんだ。だってあいつに戦わなくていいなんて。何かあればすぐに逃げ出すくせに、あんな燃えるような目をして戦う女。縫い付けた瞼の裏にずっと、あの姿がこびりついていたのに。もしここで戦わなくていいと言って、二度とあいつが立ち上がらなかったら? まだ俺は決着をつけていない。勝負はまだついていないのに。二度とあの目を見られないなんて!
 ……そう思ったら、言えなくなりました。結局纏はそのまま理事長達の元へ行って……後のことはご存じでしょう。
 俺は纏が好きですよ。だけどあいつとどうにかなろうとか、そういう気持ちはありません。
 そんな資格、俺にはない。

 ふたりきりのカラオケルームで、ようやく猿投山はすべてを話した。溜め込んできたものを吐き出すかのようなそれを聞き、皐月はやっと得心がいく。聞けばなるほど、猿投山の流子に対する言動はいかにも彼らしかった。
 猿投山が流子に戦えと言い続けるのは、彼なりのけじめなのだろう。流子との戦いを望んだが故に、彼は流子を傷つけた。そこで戦いへの執着を手放すのではなく、絶えず戦いを挑み続けることこそが彼の贖いだった。誰も流子のことを知らなかった頃から、彼女との決着を熱望していた男。生命戦維と融合し、他の人間とあまりにかけ離れた力を持つ流子を相手に以前と変わらず挑む者など、おそらく彼の他には誰もいない。
 しかし猿投山は、流子の本質が己と違うことも理解していた。流子は強いが、彼女の本質は武人のそれではない。本来戦いを求めるような気質の人間ではないし、その内面はひどく柔らかく、人が思っている以上に気を使いながら生きている。
 猿投山は流子が望まない限り、二度と彼女と戦うつもりがないのだろう。誰よりもそれを求めながら、罪の意識と確かな気遣い故に、ちぐはぐな行動にならざるを得ない。
 猿投山は知れば知るほど好ましい男だった。恐らく乃音とは違う意味で、皐月に一番近い男は彼なのだ。なぜなら皐月は、自分のなかにも武人の性が潜んでいることを知っている。平和となった今では必要がないからこそふわふわと楽しく生活できているが、有事となれば即座に戦場に臨めるだろうと思っているし、それは事実に違いなかった。
 色は違えど似た者同士、愛しく思う者まで似ているのかもしれない。
 皐月は猿投山の告白に笑みを浮かべていた。
「なあ、猿投山。紅一点という言葉を知っているだろう」
「……? ええ、まあ。よく聞く言葉ですからね」
「男性の中に混じって女性がひとりだけ、という状態を比喩する言葉だが、紅と対になるのは何色か知っているか?」
「……いいえ。女の反対っていうなら、青とか黒なんじゃないですかね」
「そう思っている者も多いらしいな。白だと言う者もいる。しかし紅一点の由来は中国の詞の一部だ。万緑叢中紅一点、緑の草むらの中でひとつだけ、真っ赤な石榴の花が咲いている様子を表している」
「……」
「紅の対になるのは緑だ。紅と緑はよく映える」
「……俺の話を聞いていたでしょう? 皐月様」
「何、ただの戯れ言だ。……ただ猿投山」
 改めて名を呼んだ皐月に、猿投山は真面目な顔をして彼女の目を見た。やはりこの男は好ましい。
「私は流子の幸せを望んでいる。だけどお前達、四天王や伊織達にも、幸せになってほしいと思っているんだ」
 だからいつか男の胸に刺さった罪悪感が熔けてしまえばいいと思う。そして彼が恋い焦がれるまま、あの妹に剣を向ける日を皐月は心待ちにしているのだ。ふたりの間に決着がついた時、その関係はどんな風に変わるのだろう。皐月はそれが見てみたい。
(お前は資格がないというが、お前の他にはいないだろうさ、猿投山)
 自らの力で生命戦維を凌駕したのも、流子の弱さに気付くのも、ただ彼一人だけなのだから。
「まあ私の話はこれで終わりだ。今日は歌うぞ猿投山」
「……プリキュア!? プリキュア歌うんですか皐月様!?」
「お前も一緒にだぞ」
「俺もなんです!?」
 久し振りに声を荒らげた猿投山を横に、皐月は笑った。

『もし大学に行けたら、剣道でも始めるべきかなあ、姉さん』

 どこかずれているけれど、流子の方から猿投山に歩み寄ろうとしていることを、皐月は黙っていることにした。
 必要ならば剣術を教えてやろうと妹に約束したのも、彼には内緒の話だった。

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