• 夜明けを願う祝ぎの庭

夜明けを願う祝ぎの庭 1

  • くりつる
  • 不仲な男士有
  • BL表現有
  • 燭鶴
  • パロディ
読了目安時間:21分

何でもありのハリポタパロ第一話。少年ととある教師の出会い。

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 明治の建築様式を色濃く残す、大正三年に開業した東京駅の丸の内駅舎は、平成の復原工事によってドーム型の屋根を取り戻している。
 北口と南口、それぞれの上部に復原されたドーム屋根は外から見てももちろん華のある装飾を施されているのだが、地を歩く者に馴染みがあるのは、下から見上げる天井の方だろう。白と淡黄を基調とし、ドーム下の八角形を彩度を落とした焦げ茶が縁取る。その角に取り付けられた八羽の白い鷲の下を見やれば、秘色色のレリーフが象る干支で方位を示す。照明器具は少ないが、ドーム上部の窓から差し込む日光が柔らかい陰影を生む、美しい空間がそこにはあった。今でこそ誰もが日常の風景として足早に通り過ぎ、見上げるのは地方から東京に出てきた旅行客くらいになったが、復原当時はその装飾を見るために多くの人々がドームの中にひしめき合い、カメラのレンズを天に向けてシャッターを切っていた。
 そして今日、安達国永はその丸の内駅舎の北口で、タイヤ付きの大きなスーツケースをごろごろと引きながら、スマートフォンごしに父親と会話していた。今日は八月三十一日。汗が吹き出るほど暑かった。
『ごめんね国ちゃん。ちゃんと見送りに行きたかったのに……』
「気にするなって父さん、一人で出歩くのは慣れてるんだ、そう心配しなくとも拐われたりはしないぜ俺は?」
『そういうことじゃないよ、もう! 入学したら暫く会えないし、携帯だって繋がらなくなっちゃうし……』
「正月は帰ってくるし、手紙も書くさ。まったく、お父様の方がそうそわそわしてちゃあ、入学する俺の方がはしゃぎにくいぜ」
『うう……でもはしゃぎすぎたら駄目だよ。君は安達の、何よりみつるさんの息子なんだから』
「ははっ。まあ善処はしよう、お父様」
『まったく……』
「さてと。そろそろ切るぜ。乗り遅れたんじゃ話にならないからな」
『ああ。……それじゃあ、気をつけて行ってらっしゃい、国永。学生生活を楽しんでおいで』
「有難う父さん。行ってくるよ。母さんにもよろしくな」
 通話を切って、そのまま国永はスマートフォンの電源を落としてしまう。ここから先はスマートフォンが使えない。ゲームでも落としていれば使いようもあったかもしれないが、どうにもスマホアプリは国永の性に合わなかった。だからスマートフォンは両親や知人と連絡を取り合うための道具でしかない。
 これから行く場所は、魔法によって外部との通信をすべてシャットアウトしているという。
「さあて、どんな驚きが待ち受けているかな?」
 ドーム下、虎と龍のレリーフを結んだその中央の下に立ち、左右の踵を教えられた通りに鳴らす。「我はあずまのうさぎなり、西ゆくとりに会いにいかん」
 こん、と最後につま先を鳴らすと、天井の淡黄が浅紫に塗り替えられた。八方を示すレリーフは消え、代わりに四頭の干支が東西南北をしらしめる。空気が濃い、と国永は思った。
 構内を見ればスーツ姿や髷姿、二足で歩く犬猫におよそ例えるあてのない不思議な毛玉。しっちゃかめっちゃかな利用客の中には、己と同じように大荷物を引く子どもの姿もある。
 明日から国永も、魔法学校の一年生だ。
 国永はにまりと笑って額の汗を腕でぬぐうと、切符を取り出し中へと進んだ。
 
 
 
 リニアモーターカーに乗り込んで一時間強。ぞろぞろと降りる子どもたちに混ざって国永も駅のホームに降りると、駅の目の前にそびえ立つ白い塀と大きな門が、視界を圧迫するように飛び込んできた。およそ人の手では開けられなさそうな大きさの門扉はしっかりと開け放たれていて、その向こうには平安の寝殿造りを思わせる建造物が鎮座している。
「さあ、上級生は自分の寮へ。新入生は僕のところへおいで」
 朗々と声を張るその声に誘われるまま、袴姿の男性に近づいた。前髪を髪留めで上げ額を出した男性は、国永を見て「おや」と呟いた。しかしそれだけで後は何も言わずに、先程と同じように他の新入生を集め始める。……そりゃまあ、知っているよなあ。己のあご先を掴み指先に触れる頬をやわく揉みながら、国永は気付かれないように溜息をつく。
 五城の安達家といえば、祝ぎ者なら誰もがその名を知る古い一族である。
 いちの熱田に、にの北条、さんの足利、よの久遠、さいごに安達で、五城の御家。そんな数え唄じみた文句までついた、日本の魔法使いを代表する五つの旧家。それぞれの家は数と城の字を枕に乗せ、一城熱田、三城足利という具合にその名を呼ばれる。北条だけは語呂の兼ね合いでにしろ北条と呼ばれるのだが、ともかく国永の生まれはその末席、五城安達の長男坊だ。父親似であったならば、言わねば誰にも分からなかったかもしれない。しかし国永は現当主、安達みつるをそのまま幼くしたような顔立ちをしているのだ。母の姿を見たことがあれば、みな即座に国永を安達の息子と判ずるだろう。
 別に嫌ではないが、時折煩わしいのも確かだった。この新入生の案内役であるらしい男のように、気付いても場を弁えてくれる大人ばかりなら良いのだが。
 細川惟定と名乗ったその男は、十人ほど集まった新入生を確認したのち、「それじゃあ行こうか」と微笑んだ。国永の斜め前にいた少女が、おずおずと惟定にむかって右手を挙げた。
「あの、新入生ってこれだけなんですか?」
「いいや、まさか。ただ、最近はリニアモーターカーのおかげでね、さほど時間が掛からないものだから、皆わりと好きな時間に来るんだよ」
「えっ、それじゃあ、先生方も迎えに来るの、大変なんじゃないですか?」
「そうでもないさ。君たちの手元にある入学許可証が、学校の傍に来たら報せが入る。僕らはその情報を端末で受け取って、君たちを迎えに出るという寸法さ」
 成程、外界との通信はできずとも学内LANはしっかり生きているらしい。袂からスマートフォンを取り出した魔法使いに、流石だぜクールジャパンと、国永は少女の後ろで含み笑った。
 惟定は少年少女を引き連れてホームを降り、改札を出てまっすぐと巨大な門へと向かって歩いた。広々とした通りの左右には火燈通りのものとよく似た丸提灯が並び、その下を大正時代の書生や女学生のような袴姿の子ども達が大荷物を引きずりながら、ぞろぞろと同じ方へと歩いて進む。まるで百鬼夜行のようだなあと、国永は思ったが口にしなかった。
 傍に近づくとその門は本当に大きかった。首を限界までそらしても上まで見渡すことはできないのではないかというほどに背の高い門の梁を口を開けて眺めた新入生達に、惟定はおかしそうにくすりと笑う。
「この門をくぐったら、今日から君達もうちの学生だ」
 先導していた惟定が立ち止まれば、それに合わせて皆とまる。
「香久槌魔術学院へ、ようこそ諸君」
 振り向いて国永達ひとりひとりの顔を眺めてから、惟定はとろりとやわらかく微笑んだ。
 
 
 
 国永はひとり学校の敷地内をあてどなく歩いていた。
 すでに荷物は与えられた寮の一室に置いた後である。寮分けと呼ばれる儀式は巨大な『校門』をくぐってすぐに、魔法具によって滞りなく行われ、新入生は皆四つの寮に振り分けられていた。
 その儀式を思い出して、国永はひとり顔を歪める。
 
 校門をくぐった国永達をまず出迎えたのは丸い銅鏡と、その下にどん、と設定された「寮みくじ」なる箱であった。他の新入生がぽかんとする中、国永は腹を抱えて笑ってしまった。そこに居た面々に笑い袋と認識された瞬間である。
「ふざけて見えるが、創立以来から伝わる立派な魔法具だ。あまり不遜な態度を取ると、お望みの寮をわざと避けられるかもしれないよ」
 それを聞いて他の者はきゅっと口を引き結んだが、国永はどうにか笑いを抑えるので精一杯だった。青龍、朱雀、白虎、玄武。四神の名を戴いた寮のどれかに、新入生は振り分けられる。七年間を過ごす寮だ、各々入りたい寮、入りたくない寮などがあるのだろうが、国永にはさしてこだわりがなかった。
 だから国永は己の番になっても、さほど気負いすることなく箱のなかに手を突っ込んだ。――それがよくなかった。
『おや。君は五城の鶴の子か』
 ぎくり、と箱に手を入れたまま国永が視線を上げると、銅鏡の中に巫女装束の女が映っている。
 驚いた。君は鏡の付喪神か。
『まあ、そういうものだと人は言う。君達の魂を映し、君達を振り分けるのが私の仕事。……しかし、なんとまあ……難儀な坊っちゃんみたいだねえ』
 しみじみと呟く鏡の娘に、国永は思わず顔を顰めた。まるで知ったような口をきく。
『知ったような口、とはいうけれどね。私は何も知らないよ。私は鏡、君を映しただけの鏡だ。……隠し立てしようとしても無駄だよ鶴の子。君が知りえる一切を私はそのまま映すだけ』
 そうみたいだな。俺の真名をもまるで知ってるみたいじゃないか。
『君が私を見ている間は。安心しておくれ、君が私を覗かなければ、誰にも漏らすことはない。映るものはすべて見せるが、映らぬものは見せられない。だからこそ私がこの仕事を任されている。……さあ、君の止まり木を教えよう。君にはさして意味はないかもしれないが、五城でも父でも母でもない、君だけに与える託宣だ。旅路の手向けに受け取ってくれ、二度と見えぬ愛しい子』
 掴んだくじを引き抜くと、鏡の声は途絶えてしまった。
 くじの先は朱色に塗られ、それを見た惟定が「朱雀寮だね」と言った。国永の寮分けはそれで終わった。
 ――あんな鏡がいるとは聞いてない。
 寮分けのその時から国永の気分はあまり良くない。せっかくの新生活の始まりがこれではいけないと、国永は学校の中を探検して気を紛らわせることにした。誰かに見つかり咎められようと、まだ入学式も済ませていない新入生だ。迷ったの一言で許してもらえるだろう。
 いま国永が歩いているのは塀と渡殿にはさまれたような比較的狭い空間だった。脇に植えられた梅の木に、国永は金色の目を細めた。しっかりと手入れされているのはすぐ見て取れた。初春の頃にはその繊細な形の節々に丸い蕾をつけ、見事な花を咲かすだろう。此処は探検に向いていそうだ。少々気分を持ち直した国永は、そのままどんどん奥へと進んだ。が、しばらくするとイヌツゲの木にその行く手を阻まれた。
「ありゃ?」
 行き止まりかとも思ったが、向こうが開けているような気がする。何かの折りの近道になるかもしれないと、国永は軽い気持ちで目の前の常緑樹に突っ込んだ。
 
「誰だ」
 
 低い声が、イヌツゲの向こうから静かに問うた。国永は思わず体を跳ねさせて、がさりと枝を揺らしてしまう。普段であれば地面に落ちた枝葉に向かってすまんと謝るところなのだが、誰かの声があまりに剣呑だったので、そんな余裕は跡形もなく消え去っていた。
「……此処の生徒なら素直に出てこい。でなければ、部外者としてこの場で斬るぞ」
 これは本当に物騒だ。慌てて木々の隙間から声のする方へと飛び出した国永は、そこに居た男の姿にはっと息を飲む。
 西アジアの人間を思わせる灰茶の肌。襟足を伸ばしたクセのある黒い髪は毛先の方がやや赤い。それだけでも十分に目立つ容姿といえるだろうが、国永の視線はたすきをかけて晒した腕――左腕、その一点に注がれていた。
 浅黒い腕に巻き付いた……否、巻きつくように彫り入れられた、黒龍の尾に。
 太刀を握る男の腕の筋に合わせて龍の鱗がうごめけば、いまにもその尾が生き物の様に動き出すのではと思えて。国永は声を上げることすら忘れ食い入るようにそれを見つめた。だから、男の方も金色の目を見開いて見つめ返していたことに、気が付いていなかった。
「……みつる?」
 呆然と、男が母の名前を口にしたのを聞いて。ようやく国永は我に帰った。
「っ、あんた、母さんの知り合いか?」
「……、……新入生だな。そろそろ夕餉の時間だろう。早く寮に戻るといい」
「待て待て、ごまかすな! あの気位の高い母さんが名前で呼ばせてるんだ、親しい間柄なんだろう? なのに何も聞いてないぞ!」
 一見大らかに見える母だが、その実はたいそう気難しい性格をしていて、父以外の人間がその名を気軽に呼ぶこと良しとしていなかった。それを知っている国永としては、目の前の男が母の名前を、それも呼び捨てで! 口にしたことが信じられない。詰め寄った国永を見下ろして、眉間に深い皺を作った黒の男は、やがて小さく溜息をついた。
「……魔法薬学担当教諭。伊達廣光だ。これでいいだろう」
「いや、何の答えにもなってないぞ、何かあるだろう!」
「あったとしても、お前が知るべきことは他にない。俺はもう行く。早く寮に戻れ」
「それは困る!」
「何がだ」
「戻り方が分からん!」
 嘘偽りではなく、国永はどこをどう歩いてきたのかすっかり忘れてしまっていた。
「……」
「……」
「……どの寮だ」
「朱雀寮……」
「……送っていってやる」
「ああ、……すまん……」
「…………」
 国永の頭上で、男が再度、こんどは深々と溜息をつく。
 
 
 
 これが安達国永と、伊達廣光との出会いであった。

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