• 女の子に転生した虎杖悠仁が両面宿儺とすごす話

ツッコミ属性持ちの大学生がゴリラ・ゴリラ・ゴリラに振り回される話。

  • 宿虎
  • BL
  • 転生パロ
  • 女体化
読了目安時間:16分

前回の続きというか番外編のようなものです。前回の話を読まないとさっぱり分からないやつともいいます。

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 二科の所属している映画愛好会には、学内でも有数の美女が在籍している。ただし枕詞に『ゴリラの』と付く。ついでに付け加えるなら性自認が女なのかもだいぶ怪しいが、その後輩がサークル内でゴリラと呼ばれる所以と彼女のジェンダーに関連性はない。ついうっかりで部室のドアノブを握りつぶす奴は、男だろうが女だろうが立派なゴリラだ。映画愛好会の部室は修理代と引き換えにドアノブだけがピカピカになり、その修理代を返済するべく彼女は入学早々バイトを始めた。――根っからの善人であることも、サークルメンバー全員が知るところだった。
 怪力の美女は、とんでもない根明で、コミュ力おばけで、隙がなかった。当初は「この男所帯のサークルにいよいよ姫が来たのでは」と一部のメンバーから警戒されていたのだが、それは全くの杞憂に終わった。大多数の舞い上がっていたメンバーが、早々に玉砕したり、彼女の男らしさに目を覚ましたり、度を越すと文字通りぶっ飛ばされたりしたからだ。サークル飲みでは数度、ばかな先輩方が彼女の酒に薬を投下していたが、仁科が教えるまでもなく彼女がそれを飲んだことは一度もない。ストーカーまがいの尾行をした先輩も複数人いたが、彼らも彼女の自宅を特定できずに終わった。途中で必ず見失うそうなので、おそらく意図的に撒いているのだろう。ざまあみろ。そういうことを繰り返しているうちに、映画愛好会のなかはじわじわと面子が入れ替わり、比例して雰囲気が良くなった。余談だが知らん間に女性メンバーも増えて、いくつかのカップルも誕生していた。仁科には関係のない話だが。泣いてなんかいない。
 大学のなかでも彼女はとびきりの有名人だ。美人で、人が良くて、腕っぷしがとても強い。それだけであれば大した話にはならなかっただろうが、二年生になってすぐの頃、本部キャンパスの屋上(十二階相当)から飛び降りた女子学生を、隣の校舎の外階段(五階相当)から飛び込んで無傷でキャッチする、という離れ業を公衆の面前でやってのけた。お前本当に人間か??? 以来、彼女の噂は学内中を駆け巡ることになったし、会員制の目撃情報サイトが立ち上げられた。それでも彼女のプライベートはバイト先程度しか明らかにされていない。ちなみに彼女のバイト先であるカフェはそこそこ大学から離れているのだが、そこでコーヒーをしばく教員複数名が目撃されている。人たらしだ。自殺未遂の女子学生もいつの間にか彼女の友人兼ファンクラブ創始者になっていた。
 学内の誰もが知っているのに、恋人の有無さえはっきりしない。そんな彼女の噂話は、もの凄いスピードで拡散される。
 あの彼女が、殴り合いの末に鼻血を出しながら男を自宅に連れて帰った。
 二科はその日バイトのシフトを外せなかったので、その男については伝聞で知るのみだ。しかし現場に居合わせた部長が言うには、その噂は真実らしい。テーブルの上に置かれたタブレットには、「あれは誰だ、親戚か?」「彼氏いたの?」「893じゃないのアレ」等といった書き込みが連なる目撃情報サイトが開かれている。タブレットを囲んで、集まったサークルのメンバーは皆ゲンドウポーズだ。
「はい、新歓の日に居合わせたやつ、挙手~」
 手を上げながら部長が話を切り出すと、三名の手が同様に上げられた。
「彼の印象をそれぞれ一言ずつ、どうぞ」
「怖い」
「カタギじゃなさそう」
「フィジカルゴリラ二号」
「それな。……うん、俺の感想も皆と似たようなもんです。さて、副部長の二科くん。昨日彼女から来たLINE読み上げて、どうぞ」
「『すんません、明日ひとり入部希望者連れてきても良いですか? 編入生なんで俺と同じ三年生なんですけど』」
「十中八九あいつじゃん!?」
「ほんっとそれな。でもほら、あの子の紹介だし、入部希望っていうなら、断れないじゃない? だから皆、腹くくろうな!」
 彼女が有名になって以来、このサークルは映画愛好会兼、彼女の避難所兼、所属芸能事務所のような扱いになっている。彼女の話を聞きたい新聞サークルやら目撃情報サイトの運営メンバーから延々と申し込まれる取材依頼を片っ端から跳ねていくのもサークル役員の仕事になった。おそらく彼女が卒業するまでは続くその業務が、さらに増えるであろうことは想像に難くない。彼女じゃなかったら怒ってる。なんだかんだでサークルメンバー全員、彼女が大好きなので何も言わないが。
「で、いつ来るんですか噂の二人は」
「三限終わったら来るらしい」
「もう来るじゃん!?」
「あ。やべ四限忘れてた」
「駄目じゃん」
 そんなやりとりの最中、廊下から足音がするのを二科は聞き取った。たぶんこれは二人分。
 ガチャ。
 バキッ。
「あっ」
「……ゴリラの連れはやっぱりゴリラか……」
 部室の扉を開けた見知らぬ男は、握りつぶしたドアノブを手に固まっていた。

 

 一ヶ月経った後になっても、ゴリラふたりが一体どのような関係にあるのか、サークルの誰も把握できないままだった。ただし、怖いものしらずの一年生が「先輩方って生き別れの双子だったりするんですか?」と訊ねたことにより、血縁説は否定された。そう疑いたくなるのもよく分かる。ふたりは妙に容姿が似てたし、生年月日も同じと来ている。実は幼い頃に両親が離婚して……なんて言われていたら、多分そのまま納得していた。違うらしいが。それじゃあお前らの関係って一体なんなの。そう突っ込んだ猛者は今のところ一人も居ない。だってあの編入生、普通に怖い。
底抜けに明るい彼女とうってかわって、彼は話し掛けることすら躊躇われるほどに無愛想な男だった。彼女以外とはほとんど会話しないし、いざ口を開いてみれば想像以上に態度がでかい。唯我独尊という言葉がこれほど似合う男が他にいるだろうかっていうくらい、尊大で古風な物言いをする。外見もこれまた随分と近寄り難い。両耳にあけたごついピアスに、真っ黒に塗り込めた爪。ビジュアル系気取りかと言いたくなるがこの男、顔が良いので様になる。遠目に見る限りにおいて、男は独特な雰囲気を放つ寡黙なイケメンだった。彼もまた学内ではカルトな人気が急上昇中である。だからといって気軽に声をかけられるかといえば、全く別の話だが。
 仁科はサークルの事務連絡を行う関係で、他の人間と比べて男と話す機会も多かったが、「めんどくさ」「うざ」「くだらん」という返事を何度聞いたか分からない。俺、一応先輩なんですけど。言ったところで聞くはずもなかったので、抗議したことは一度もない。いつどこで見かけても、男は退屈そうに過ごしている。彼女が間に入るから、人の輪の中にいるように見えるだけだ。
彼にとっても彼女にとっても、互いが特別であることだけはよく分かる。口で何を言っていても男は彼女の参加する集まりにはほとんど顔を出しているし、彼女は彼女で距離感がだいぶバグり気味だ。誰にでも分け隔てなく快活に接するコミュ力の化物は、その実パーソナルスペースに人を踏み込ませることなど滅多になかったのだ。無遠慮に触れることを許されたのは男だけだ。いつも共に行動しているわけでもないし、サークルの部室ではいっそドライな間柄にさえ見えるのに、中庭のベンチやカフェテラスでべったり引っ付く二人の目撃情報が後を立たない。大学構内は新参者を妬む美ゴリラ原理主義者、彼女に恨みを募らせる熱狂的な雄ゴリラ信奉者、二人を陰ながら見守る箱推し過激派という三つの勢力がしのぎを削る戦国時代に突入した。頼む現代に帰ってきてくれ。当の本人たちばかりがどこ吹く風といったふうで、映画研究会の面々は脱力しきった顔でそれを眺めている。ちなみにファンクラブ創始者は箱推し派だ。曰く、男と並ぶ彼女の姿はまるで菩薩か仏陀のよう、らしい。命を救われた人間のフィルターは分厚い。
 そんな麗しのゴリラふたりの誕生日が来月に迫っていた。
 映画研究会では月例で映画鑑賞会を行っているが、その月に誕生日を迎えるメンバーには作品の候補を三つまで出す権利が与えられている。そして鑑賞会が終わった後に合同誕生会という名目で自由参加の飲み会を行うのが慣例だった。
「来月の映画リスト、何が出てるんですか?」
「『カオルーン・ロックフォード、失われたオーパーツ』『ファウンデーション』『ミミズ人間2』『少年のめざめ』『サイレンス・オブ・ゴート』『人肉サムゲタン』」
「待って待って偏りがやばい」
「人を選ぶ映画が四本……、四本!?」
「どっちがどれを提案したかは分かるけど……分かるけどね……」
「先輩ってグロいけるひとだったんですね……知りませんでした……」
「ていうかあのふたり、飲みまで参加しますかね」
「あの子が来るなら彼も来るんじゃない?」
「いや、そもそも鑑賞会自体来るんですか? 鑑賞会の前日でしょ、ふたりの誕生日。十中八九ふたりで過ごしてると思うんですけど」
「…………」
「……まあ……来なかったら、そういうことだと思うことにしような、うん……」
 そんな会話を部室でしたのが二週間前。今日は金曜、そしてふたりの誕生日である。
 サークルメンバーはグループチャットで祝福のメッセージこそ飛ばしているが、当日にプレゼントを渡すことは早々に諦めているので、今日は平和なものである。明日ふたりが鑑賞会に来ればそこで祝えばいいし、来なければ生暖かい笑みを浮かべて後日渡せばいいだけだ。
 四限のゼミを終えた仁科はラウンジのテーブルをひとつ陣取り、コンビニで買ったカフェオレとサンドイッチで遅めの昼食を食べていた。映画愛好会の名前が入った立て札を置いておけば、適当にサークルメンバーが時間を潰しにやってくる。仁科が食事を終える頃には、数人の後輩がおやつやら飲み物やらを手に集まっていた。明日の鑑賞会についての話やふたりの話題で盛り上がっている。ちなみに明日の映画は『カオルーン・ロックフォード』になった。無難である。
 急にラウンジが騒がしくなった。
「なにごとですかねー」と言いながらラウンジの入り口側を見た後輩が、真顔で「おわ、」とドン引きした声を上げた。それに釣られて視線を移したメンバーも言葉を失い凝視する。彼女だ。いや、構内に彼女がいるのは普通だ、大学なんだから。しかし今日はとにかく、様子が違う。
 念のためにもう一度振り返るが、彼女はそんじょそこらの女優にも負けないナイスバディの美女ではある。が、その立ち振舞いは男性のそれと言っていい。自分のことは『俺』と称するし、AV女優に詳しいし、服もボーイッシュにまとめているし、嘘偽りなくすっぴんで毎日過ごしている。彼女の身嗜みといえばヘアワックスと制汗スプレー程度で、その恵体がなければ男と間違えられてもおかしくない生活をしているのだ。
 その彼女がワインレッドのワンピースドレスを着て歩いている。
 やらしくない程度に強調された女性らしいシルエット。彼女がファッションモデル顔負けのスタイルだということを久しぶりに思い出した。いや、普段からそう思っていたが甘く見ていた、というのが正しい。正直なめていましたすみません。ドレスの裾にあしらわれた大きめのフリルが、歩みを進めるたびにふわりと揺れる。足元はダークグレーのパンプス、左手首には細い金鎖のブレスレット。あのフィジカルゴリラがこんな化け方をするなど、いったい誰が想像しただろうか。ドレスに合うパールホワイトのハンドバッグまで手に持っていて、このままお高いディナーにでも行けそうな格好である。
 うっわ、こっちに来るよ、それはそう。何せ彼女はうちの部員である。テーブルに緊張が走った。
 空いた椅子に座りながら「ちわーす」といつも通りの挨拶をするのがいっそそら恐ろしい。近くで見るとさらに情報が増えてゆく。今日はきれいに化粧をしているし、ネイルもしっかり整えられていた。着ているドレスの胸元には繊細なレース生地があしらわれ、袖やフリルにはまんべんなく同色の糸で刺繍が施されている。さしてレディースファッションに詳しくない二科にだって分かる。ぜってー高い、なんだこれ。汚すのが怖くてお近づきになりたくないし、そもそも大学に着てくる代物じゃない。
「あ、先輩。お誕生日おめでとうございまーす」
 猛者がいた。怖いもの知らずの一年生である。お前には今日からメンタルゴリラの称号を与えよう、よく声かけられたなこの状態で。先程から周囲の視線はこのテーブルに釘付け状態だ。
「おー、サンキュー」
「で、どうしたんですその格好」
「あー、この女装な」
 女装と言ったなこのゴリラ。全国のミスコン参加者に謝れ。
「もしかしてあの人からの誕生日プレゼントだったり?」
「うーん、当たらずとも遠からずっつうか。ほら、俺とあいつ誕生日一緒じゃん?」
「そうらしいっすね」
「で、互いに誕生日プレゼントをリクエストしあうことにしたんだけどさ。あいつからのリクエストが『それを着て一日付き合え』だったんよ」
「いや物真似うっまいなお前!?」
「そうして渡された服がそれ、と……」
「ちなみに先輩は何リクエストしたんです?」
「手作りの満漢全席。実際食べれるのは来週かなあ」
「手作りの……満漢全席……???」
「あいつ料理めちゃくちゃ上手いんよ」
「料理上手の域を越えてません? 中華料理屋でも始める気ですか」
「フレンチもイタリアンも何でもござれよ、あいつ。一番得意なの和食だけど」
「まさかのワールドワイドぶりだった」
 そしてサークルメンバーはひとつ新たな知見を得た。こいつ、あの男については口が軽い。なんなら自分のことよりもよく話す。
「ていうか先輩方ってぶっちゃけどういう関係なんです?」
 ぶっこんだなメンタルゴリラ!!!!
「あー、たぶん婚約者」
 おまえもさらっとぶっこんだな!?!?!?
 ばたーん、とどこかで音がする。うちのテーブルじゃないが多分ファンの誰かが倒れたのだろう。それも一人じゃなさそうだな、おい。我ら映画愛好会の面子はメンタルゴリラを除き青ざめているが、同時に目配せをして心をひとつにした。今なら色々聞きだせるのでは? 好奇心は猫を殺すし、大学生を蛮行に駆り立てる。
「た、たぶん、とは……」
「俺ら、ずっと昔に会ってて。その頃にちょっと色々……いや不可抗力だったと思うんだけど、盛大にやらかしててさー。しゃあねえから責任取るっつったら、じゃあ卒業したら籍入れるか! って話になって」
「想像以上にノリが軽い」
「つまりプロポーズは先輩から、と」
「いつ頃離ればなれになったんですか、お二人って」
「えーと、高校一年くらいかな?」
「じゃあ五年ぶりくらいの再会だったんですよね? それでよくまあ、そんなぴったりサイズのドレス用意できましたね」
「あ、これはゴールデンウィークの前に高そうな店に連れてかれて、そこで採寸取られた」
「オーダーメイドじゃないですか?!」
「ちなみに仮縫いとかは」
「納品前に試着するやつ? それなら行ったけど」
「それは多分フルオーダーってやつですね!」
「あいつどっからそんな金出てくんの……部室のドアノブ代もふつーに支払ってたろ……」
「一応個人事業主だからなー、あいつ」
「待って、新情報が多すぎてファンクラブチャットへのタレコミが追いつかなくなってきた」
「静かだと思ったら何してんだお前???」
「で、その未来の旦那様は今どこにいんの……」
「そろそろ来るんじゃねえの? 待ち合わせにラウンジここ指定したのあいつだし」
 ラウンジの入り口側がまた騒がしくなった。間違いない、奴である。仁科達はある種の覚悟を決めてそちらを振り向き、再度沈黙した。予想通りではあるんだけど想像以上なんだわ、うん。ダークグレーのスーツに濃いネイビーのシャツを合わせた男。これは言われなくても分かる、スーツもシャツも、多分靴までカスタムメイドだ。くっそ、顔がいいと何でも似合うな。当然向かう先はこのテーブルである。
「お疲れさん」
「ああ。……よしよし、逃げずにしっかり着飾ってきたな?」
「逃げたら予約した美容室に迷惑じゃんよ……」
 メイクもプロに頼んだわけね、とテーブルにいる全員が理解したが、そう突っ込む者はひとりもいない。我がサークルメンバーは蛮行に走ることもあるが基本的に賢明なのだ。いまは口を開くべきじゃない。
「しかしまあ、予想はしていたが口紅は保たんかったな。どれ、鞄のなかに入っているだろう。こちらに貸せ」
「へいへい」
 そう言ってハンドバックから出したのは口紅だ。「ひょえ」と誰かが変な声を上げたが、これは仕方ないだろう。口紅を受け取った男が彼女の顎を掴み、薄く唇を開かせて、ゆっくりと紅を引いていく。どこかで悲鳴が上がり、再び誰かが倒れる音がした。やわく、男が笑んでいる。
 もうやだ、周りに見せつけるためだけにこの場をセッティングしただろオマエ。彼女をオンナに出来るのは己だけなのだと、誰が見ても分かるように。執着がすぎる。仁科がげんなりしているのを横目でちらりと見た男が、目を細めてケヒ、と笑った。
「そら、これで良いだろう」
「ん。で? 俺はこれからどこに連れてかれるワケ?」
「コレと食事だ。一度見てみたいと言っていただろう」
「え、これS席じゃん。よくチケット取れたな」
「協会がコネを持っている」
「納得」
「ならば行くぞ」
 差し出された男の手を取って、彼女はすっと席を立った。うん、ふたり並ぶと本当にただの美男美女なんだよな。「じゃ、お先に失礼しまーす」と普段通りの挨拶をして、彼女は男と去っていく。あ、しれっと腰を抱き寄せてやがるあいつ。ラウンジからどよめきと変なため息と啜り泣く声が聞こえる。わりと地獄絵図だ、これはひどい。
 映画愛好会の面子はみな力尽き、その場に突っ伏した。訂正。メンタルゴリラだけは平然としている。
「で、先輩方って明日は来るんですかねえ」
 誰も返事をしなかった。

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