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01.名無しの吸血鬼

現代異端01:名無しの吸血鬼。あるいは血飲まずの吸血鬼のフレーバーテキストとか。

またの名を『血飲まずの吸血鬼』。
ながい間ずっと血を飲まずに過ごしている、変わり者の永生者。
彼女が日の光で灰になることはない。
十字架だって平気だし、水の流れも自在に渡れる。
にんにく料理も栄養にはならないけれど美味しくいただく。鏡にだってふつうに映る。
そもそも巷で囁かれている吸血鬼の弱点なんて、どれひとつ本当じゃないのだ。
「災いには対抗できると信じたいのが人間だから」 とはいえ彼女は「災い」と呼ぶには程遠い。
血も飲まなければ、他者を殺めることもない。人と異形のそれぞれから頼まれごとを引き受けては、数多い知人の誰かに引き渡す。仲介屋と彼女を呼ぶ者もいるらしい。
血飲まずの彼女はいつも飢えている。
代わりに彼女がそっと喰むのは、人の魂からこぼれおちる微かな生気。
それを「お花」と称してつまみとり、やんわりと口に含んで嚥下するのだ。

「私はそれを物語と呼ぶ」
「賢いひとは、それが思い込みだと知っている」

彼女と出会った人間は、揃いもそろって不思議なあだ名をつけられる。
本名にかすりもしない、そもそも名乗ってすらいない。
それでも彼女は疑いもなく、由来の分からないあだ名で人を呼びつける。

「頼むよ、ぐーちゃん。ぐーちゃんしか頼れる人がいないんだ」
彼女からそんな調子で言われたら、覚悟するといい。
それは厄介ごとに巻き込まれる合図にほかならないから。

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彼女が生まれたのは、今では江戸と呼ばれる時代の話。
異能を持って生まれた娘だ。
ひと目見た魂のかたちを把握し、それに名前を授ける力。
万物の名付け親たる彼女の言霊は何もかもを縛るに足りる。
彼女は口を閉ざして過ごした。
死ぬまで二度と言葉を話すまいと決めていた。
誓いを破ったのは十五の頃。
南蛮から来た異形の男に生き血を吸われ、悲鳴を上げた。
以来彼女は男の眷属として、親元を離れ、喉の渇きに喘ぎながら、男とともに時間を過ごした。
ながい、ながい時間のなかで、彼女が血を飲んだのは一度きり。
異形の男の血を啜りきり、彼女は男の代わりに成った。
真祖の力をもって、暴れる言霊を自在に抑える。
師と慕った男を殺して、彼女はようやく言葉を得たのだ。

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「そちらにいくのは危ないよ、たまちゃん」
「ソレは私の『獲物』だと、知った上でちょっかいをかけてるのかな? ご同類」

異形にとって名をつけるとはすなわち、己の獲物と定めること。
他の者が名をつけた獲物には手を出さないのが現代に生きる異形のルールだ。
「血飲まず」の彼女が知り合う者に手当たり次第名をつけるのは、己の異能と祈りのためだ。
せめて己の目が届く場所では、彼と自分のような異端を、明るい場所に留めるために。

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