• 女の子に転生した虎杖悠仁が両面宿儺とすごす話

虎杖悠仁が転生して両面宿儺に絆されるまでの話。

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 小学校に上がるよりも前から、母親にはトランスジェンダーだと思われていた。それをまだ七歳の自分に直接言っちゃうのかー、かなりテンパってんなー母さん……と、少女は思う。が、彼女はそのことには触れぬまま「そうなんかな? 俺、よくわかんねえ」と首をかしげて見せるに留めた。母はいよいよ慌てふためきながら、それでも彼女をぎゅっと抱きしめて「色々たいへんかもしれないけど、お母さんがついてるからねェ!」と涙を流す。だいぶ大げさだし、少女が本当にトランスジェンダー男性であった場合、その対応で大丈夫なのだろうか。自分にはよくわからないが、母が善良な人であるのは間違いないだろう。他人事のように思いながらも、少女は「ありがとう、母さん」と笑って、その背に柔らかな腕を回した。
 世間的には、こころが男の子である女の子、ということになるのだろう。タブンコレチガウ、と思っているのは少女だけだ。だって十数年あまり股にムスコをぶら下げていた記憶があるのだ。からだは女ですが、こころは男でした、みたいな話じゃない。男だったのに女に生まれ変わってしまったのだから、自意識が男の子なのはしょうがないでしょ。と、彼女は三歳の頃に開き直った。
 少女の前世は、名を虎杖悠仁という。いや、頭がおかしいわけじゃない。彼女――改め、彼にはばっちりと前世の記憶というやつが引っ付いていた。祖父に育てられ、その最期を看取り、そしてゲロマズの指を飲み込んで呪術の世界に足を踏み入れた。呪いの王と呼ばれる男の魂をその身体に迎え入れたがために、死刑になることが決まった『宿儺の器』。……マジで頭がおかしいわけじゃない。けど誰かに話したら絶対に心療内科に連れて行かれると分かっているので、彼はお口にチャックを決め込んでいる。だって今もほら、小学校には等級の低い呪霊がぞろぞろ廊下を這っているのだ。こんなものが見えてますと言ったが最後、ろくでもないことになるのは目に見えていた。……いまの彼には、もとより呪力が備わっている。
 あいつと分け合ってしまったのだろう。彼は今の状況をそう考えていた。
 一本目の指を飲み込んだときから、混ざっていると言われていたのだ。虎杖はまったく意識していなかったが、おそらく二十本の指を取り込んだ時には、その頃以上に魂が混ざり合っていたんじゃないかと思う。よくよく考えてみれば、最後の方になると虎杖はなぜか両面宿儺の考えがわかるようになっていたし、向こうも彼の感じていることを理解していた節がある。だからあの日も、宿儺は何もしなかったのだろう。どんな手をもって唆そうとも、虎杖が命乞いをすることなどないと分かっていただろうから。
 うーん、しかしこんな風に『はんぶんこ』することになるとは思ってなかった。こっそり指を弾いて呪霊を祓いながら、周りに誰もいないのをいいことに彼は大きなため息をつく。なんとこの体には宿儺の指十本分くらいの呪力があるのだ。術式もばっちり持ち越したので、正直そのへんの呪術師にだって張り合えるんじゃなかろうか。今生では父と母のためにも平和に人生を過ごしたいので、鉢合わせにならないよう気をつけているけれど。
 じいちゃんの言葉を忘れたわけじゃないが、虎杖は前より少しばかり賢しくなった。周りの人たちを助けるためには、己もそれなりにまっとうじゃないとえらい目にあう。
 そういう訳で呪術の道に入らぬよう、一般人に紛れて生活している虎杖だが、それでも道連れにした呪いのことは気がかりだった。あいつもどこかで生まれてるよなあ、という確信がある。だってもう魂は分かたれている。きっと己と同じように、指十本分の力を携えて生を受けたに違いなかった。それって結局、両面宿儺が受肉したってことにならないのだろうか。俺ってもしかして死に損だったのでは? という考えも頭によぎりはしたが、まあ二分の一に弱体化したと思えば……多少は死んだ甲斐もあったということにしよう、うん。
 もしもあいつが何かしでかした時には、覚悟を決めてぶん殴りにいこう。五条先生みたいなのがいれば話は別だが、多分それができるのは自分だけだから――そう心に決めて、虎杖は新しい生を謳歌しはじめた。

 

 さて、虎杖が心配するよりも現実はずっとずっと平和だった。年中ぽこぽこと湧いて出る呪霊――これは虎杖の中に宿る『元』両面宿儺の呪力に惹かれて集まっているのだろうと、うすうす気がついていた――をちぎっては投げちぎっては投げするほかは、呪術に関わることも、身内に不幸があることもなく、至って穏やかな毎日を過ごしていた。相変わらず五十メートルを三秒で走れたり、近所の不良をぶっ飛ばしてるうちに姉御と呼ばれるようになっていたり、両親がこっそり自分の性転換手術にそなえて貯金をしていたりするけれど、まあ平和と言って差し支えない生活を送っている。ちなみに男になりたいと言った覚えはない。ただ、前に母さんから「もし男の子だったらこんな名前が良かったなー、とかある……?」と訊ねられた時に、「しいていえば悠仁とかかな」と即答してしまったせいな気がしないでもない。ごめんな父さん、母さんが大暴走するのを予測できなかった俺が悪かった。
 実際、自身のからだに違和感がないかといえば嘘になる。なにせ尻と身長のでかい女の子に育ってしまったため、鏡を見るたびに笑い転げたい心地になって仕方がないのだ。俺が! 俺の! 好み!! 風呂場で面白半分におっぱいを揉んでしまうのも許してほしい。以前は童貞のまま死んだのだ。自分に胸があれば揉むに決まっている。
 そういう感じなので不快感こそないに等しいが、女子更衣室やら女子トイレに入る時ばかりはいたたまれなくて仕方がない。なのでもし両親から手術費用について話を切り出されたら、そのタイミングで手術を受けるフリをして無為転変してしまおうと考えていた。うん、本当チートだよな両面宿儺。出来るとか正直思ってなかったけど出来ちゃうもんは仕方ない。海外旅行に行って、男の体に為って、戻ってきたら改名手続きまでしてしまおう。手術費用は一旦預かって、なにか両親の祝い事に合わせて返せばいい。
 本人が特に急いでもいなかったので、虎杖は女のからだのまま大学生になった。初めての一人暮らし、初めての大学生活は楽しくて仕方がなかった。授業にバイトにサークル活動にと明け暮れているうちに、気がつけば三年生になろうとしていた。
 そろそろ母に切り出して、夏休みはタイにでも行こうかなー、と虎杖はようやく考えはじめていた。ちょっと出遅れるが就職活動を始めるよりも先に、胸だけ先に引っ込めたということにしといた方が良い気がしたのだ。どんな仕事に就きたいかなんて思い付きもしていない虎杖だが、どこに入社したとしても後から男になるのは面倒そうだ。ゴールデンウィークに帰省して話をしてみよう。そんなことをぼんやり考えながら春休みはバイトを詰め込んだ。
 そして今日は入学式である。
 大学にいくつかある映画愛好会のひとつに所属している虎杖は、今年もサークル勧誘に駆り出されていた。彼がプラカードを持って立っているだけで何も知らない新入生が寄ってくるからと、虎杖は客寄せパンダとして重宝された。みんなおっぱい好きだよな、俺も好きだよ。
 横に立つ先輩が新入生達に連絡先を記入させているのを横目に、虎杖は他にも声をかけやすそうな奴がいないか辺りを見回した。入学式後の構内はサークル勧誘でごった返している。ふ、と人混みのなかの一点に目が吸い寄せられた。――周りの声が、聞こえなくなる。
 あ。
 結構な距離が開いているにもかかわらず、目が合ったと理解した。魂がどろりと溶け始めた音がする。同時に激しい感情が、向こう側から洪水のように押し寄せてきた。なんだろう、これは、怒っている? わけがわからん。なんでよ、宿儺。
 ぽかんと口を開けて立ち尽くす虎杖に向かって真っ直ぐと、黒いシャツを着た男が周りの人間を押しのけながら近づいてくる。怒鳴られているようだったがそちらは見向きもしない。あと十メートルくらいになるかというところで、地面を蹴って男が高く飛び上がる。みんなの驚いた顔をよそに、虎杖は悟った。あ、やっば、これ殴られる。
 プラカードを手放してガードをしようとしたが間に合わなかった。左の頬にきつい一発を食らって、ゴッという鈍い音と痛みと同時に虎杖は後ろに吹っ飛んだ。誰かの叫び声。ようやく音が戻ってきた。立ち上がろうとする虎杖に先んじて距離を詰めた男は、首根っこを掴んでさらに殴りつけようとする。何度も食らってたまるかと拳をつかんで、反対の手でこちらも殴った。くっそ、顎に入れてやったのに止まりゃしねえこいつ!
「てっめぇ、宿儺! 一体なんだってんだ急にふざけんな!」
「煩い、黙れ。舌を噛みたくなくば口を閉じろ」
「ほんと何なのお前!? 周りの皆さんドン引きしてるでしょうがマジでやめれ!!」
 周囲は阿鼻叫喚の地獄絵図だし、少し離れたところには野次馬が群がっている。そりゃそうだ、こんなお祭り騒ぎのなかで男女が唐突に流血沙汰の喧嘩を始めたら、そりゃあ目立つに決まってる。ついでにいうと虎杖は大学でもちょっとした有名人だ。携帯のカメラで写真撮られてる音も聞こえるし通報しようかと悩んでいる女子もいる。クッソ、マジでこのままだと警察沙汰だ。
「あ゛ーーーー!! もう、俺んち! 俺んち来い宿儺!! 続きはそっから!! まだ此処でやるんだったらマジで怒るぞ!!」
 シャツの襟ぐりを掴んで怒鳴りつけてやると、宿儺は一瞬目を瞠って、それからひとつ舌打ちをした。ようやく拳を下げる気になったらしい。ええい、鼻血が止まらん。宿儺は宿儺で片頬がひどい腫れ方をしている。はー、マジで受肉してんだこいつ。
 傍に置いていた自分の荷物を取って、ポケットティッシュで鼻を押さえながら先輩に頭を下げる。
「さーせん、用事ができたんで俺帰ります」
「お、おう……」
「おら、行くぞ宿儺」
「俺に指図をするな」
 そう文句を言いながらも宿儺がついてくるのを確認した虎杖は、ふんとひとつ鼻息を鳴らしてからその場を後にした。

 

 虎杖達が去った後、その場にいた在校生達は信じられないものを見たという顔をしていた。
 彼女はこの学校の有名人だった。こころの性別が違うことを忘れてしまうくらい発育がよくて、整った顔立ちをしているモデルみたいな女。男女を問わず友人が多くて顔も広いが、彼女の家に足を踏み入れた者は今までひとりもいなかった。飲み会の都度、彼女とお近づきになろうとしては、想像以上のガードの固さに失敗する人間が後を絶たない。無理矢理ことを運ぼうとした者はすべからく皆、彼女に手酷くぶっ飛ばされる。だから実のところ、学内で彼女のプライベートを知る人間など全くいないに等しいのだ。
「……結局だれだったの、あいつ……」
「知り合いっぽかったよな、あれ」
「親戚とか? 目元とかちょっと似てた気すっし……」
「も、元カレとか……彼氏だったりして……」
「ええー……彼氏とあんな殴り合いすんの……」
「いや、でもあいつならありえるか……?」
 後日虎杖は友人知人連中から質問攻めに合う訳だが、それはまた別の話だ。

 

「ほら、入れよ」
 アパートの部屋に着く頃には、宿儺も幾分か落ち着いているようだった。舌打ちしつつも大人しく部屋に入ったのを確認して、虎杖は自分も中に入って鍵を閉めた。ちなみに駅の多目的トイレに連れ込んで反転術式を使ったから、お互いの傷はきれいさっぱりなくなっている。
「……ガチガチに結界を張りおって」
「だってメチャクチャ呪霊寄ってくるから面倒くせーの。お前ンとこには来ねえの?」
「寄るどころか我先にと逃げてゆくが?」
「あー……雌雄に分かれたから、おれの方にばっか来てんだなコレ」
「……本当に、馴染みが良すぎるのも考えものよ」
 苦虫を噛み潰したように呟きながら、宿儺は畳の上にどかりと座った。虎杖にも自覚はある。以前の虎杖だったら全く分からなかっただろう話を、当然のように諒解している。これもかつて宿儺と混じり合った影響だった。
 作り置きの麦茶を注いだコップをふたつちゃぶ台に置いて、虎杖も宿儺に向かい合う形で胡座をかいた。
「女とは思えんはしたなさよな」
「それ中身が俺って分かって言ってんの???」
「ああ、そうさな。お前は元より猿のようだった」
 淡々と話しながら、宿儺がツ、と親指で頬をなぞってくる。触れあう場所から混じり合う感覚がする。とろとろと魂の端が流れ込んできて、境目がゆるくほどける感覚。ええー、前世の俺らって四六時中フルオープンでこんな感じだったのか。久しぶりになってみると中々にコレは異常事態だ。別にいやでは、ないんだけれど。虎杖はふ、と小さく息をついて宿儺をじっと見た。
 不思議だな、と虎杖は思った。記憶の中のこいつはけして、この混じり合った状態を良しとはしていなかった。むしろ何の遮りもなく心奥を覗き込む彼に対して、嫌悪感さえ抱いていたはずだ。そんなこと言われても分かるもんは分かっちまうんだから仕方ねえじゃん、と当時の虎杖はさして気にも留めていなかったが。今日の宿儺からは拒絶の意思を感じない。分かるのは、憤り、苛立ち、それから、喜び。……いや、なんでそこで『喜び』よ? 彼には理由が、よく分からない。
「……お前、なんで大学いたの? え、もしかして新入生?」
「書類上は編入生だな。高専を卒業したでな」
「……高専? まさか、呪術高専?」
「奴らも随分と腑抜けたものよ。俺を見てやれ才人だ傑物だともてはやす。もはや俺がなにものかも分からんらしい」
 虎杖には益々わけが分からなかった。こいつは呪術師という存在を基本的に嫌っていたし、それを抜きにしたところで、呪いの王が学ぶことなどひとつもありはしないのだから。
「……なんで?」
 思わず訊ねた虎杖に、宿儺の瞳がぎろりと光る。頬を撫でていた指で首筋を辿り、そのまま片手で虎杖の首を絞めつけた。もう片方は爪を立てようとした手を握り、無理矢理に指を絡めてしまった。窒息するほどではなかったが、虎杖は息苦しさに小さく呻く。
「……なに、お前を待っていただけのことよ」
「、は?」
「俺の指を奪ったお前が、どこかで生まれたのは分かっていたからなァ。絞め殺して、手の甲から指を外して。骨の髄まで食らってやれば、今度こそ元に戻れるやもしれん」
「、おま……」
「しかし、まさかのうのうと只人のように暮らしているとは。やはり手当たり次第、殺して回る方が早かったか。なあ、小僧」
 ……それは宿儺の言う通りだった。だって宿儺が何かしでかしたら、それを止めると虎杖はずっと前に決めていた。こいつが何かを始めればすぐに分かると確信していたし、それを止められるのは俺だけだと知っていたから。
 だけどそんなの、宿儺だって最初から分かっていたはずなのに。
 虎杖は抵抗するのをやめて、宿儺の指をやわく握り返した。空いた腕を背中に回せば、境界があわくとろりと混ざり合う。
 ――殺せないのだ。
 千年の無聊を鏖殺で慰めていた呪いの王には、殺せないものなど何もないに違いないのに。きっとなにかが、男の手を止めるのだ。混ざり合ってなにかを得たのは、虎杖の方ばかりではなかったのだ。それはこころと呼ぶにはあまりに不確かだけれど、虎杖が持っていたなにかが半分、宿儺に流れ込んでいる。
「ああ、うん。……俺のせいだな、宿儺」
「……」
「お前、退屈で退屈で、仕方がないんだもんな……」
 首を絞めていた手が虎杖の背中に回れば、ますますあわいが溶けてゆく。折角なら人生の楽しみ方も半分持っていけばよかったのに。そうしたらきっとお前はひとりでも生きていけたんだ。視界に入る何もかもを皆殺しにして、俺を殺して、食べることもできただろうに。
「しゃあねえから責任とってやるよ、両面宿儺」
「たわけが。図に乗るなよ、虎杖悠仁」
「なんとでもいえよばーか。俺がいないと、なーんも楽しめねえくせに」
 けらけら笑う虎杖に反して、宿儺はこの世の終わりみたいなしかめっ面で、それでも虎杖を抱き締めて離さなかった。互いの皮膚で阻まれている今となっては、昔ほどぐちゃぐちゃに混ざり合うことはもう二度とないけれど。
「そういやさあ、宿儺」
「あ゛?」
「俺、めちゃくちゃ好みの女じゃね?」
 女の趣味まで同じになっちまったなー、とげらげら大笑いし始めた虎杖に、宿儺は渋面のままその体を押し倒した。
「お前は本当に情緒のかけらもないな、小僧」
「俺相手に情緒を求める方が間違いだろ。大体そんなふうになってるくせにつべこべ言うな」
「……まあ、今まで誰にも明け渡してないとみえる。それだけは褒めてやろうな」
 あ、ようやくお前笑ったな。
 半身の背をひとなでしてから、あとはすべてを委ねてしまった。

 

 話したいことがあると言ってゴールデンウィークに帰省してきた一人娘に、夫婦はいよいよかと緊張しながらテーブルについた。対面した娘の方もとても気まずそうにしていて、簡単な話ではないと容易に察することができた。
 夫婦は何度も話し合って、そして娘の人生を受け入れようとふたりで決めた。母の手元にはこの日のために内緒で貯めてきた資金がある。
「あのさあ、父さん、母さん」
「ええ、ええ」
「えっと……まず最初になんだけど、俺が男になりたいかもって言って、今までお金貯めてくれてて、ありがとな」
 ばれてたんかい、と父は思ったが、まあ度々挙動不審になる母さんを見てたら感付く機会もあっただろう。その母は驚きながら、すでに涙を目に浮かべている。
「っ、そんな、気にしなくていいのよぉ……!」
「うん、ありがとう母さん。……ただ、そのことなんだけどね」
「うん、うん……!」
「俺、たしかに性自認ってやつは男なんだと思うんだけどさ」
「ええ、ええ……!」
「十中八九、大学で知り合った男と結婚するから、これからも俺、手術はしねえと思うんだわ」
 だからそのお金、父さんたちの好きに使ってよ。
「…………いやそうはならんやろ!?!?」
 父の絶叫が居間に響いた。


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